佑宇真と一切、話さなくなってから、一週間。
先生にあんなことされて、思い出すごとに、胸がドキドキする。
そんな時だった。
コンコンッと、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
魔裟斗かと思って、何気なしに開けたら、そこに立っていたのは、佑宇真だった。
その瞬間、ドキリとした。
「ちょっと中に入ってもいいか?ダメなら、帰るけど……。」
佑宇真はそう言った。
オレは少し躊躇ってから、
「別にいいけど……。」

しばらくの間、オレと佑宇真の間には沈黙が流れた。
しかし、その重苦しい空気をやぶったのは、佑宇真だった。
「もうそろそろ元の俺たちに戻らないか?」
佑宇真なりに考えて、そう言ってくれたのだろう。
(元の俺たち?あんなことがあったのに、そんな簡単に戻れないよ。)
そうオレは思ったが、だけど、佑宇真と気まずいままは嫌だった。
「うん。分かった。」
だから、オレはそう答えていた。
その日を境に、傍目には、オレと佑宇真は元通りの関係に戻ったかのように見えた。
だけど、二人の心の間には微妙な距離感があったのだった。

僕はある日、学校からの帰り道を一人で歩いていた。
その時、草むらの茂みから、突然、人が現れた。
「!?」
僕も驚いたが、向こうは、もっと驚いたらしい。
「!?」
小柄な男の子だった。
(中学生かな?)
二人して、微動だにしなかったが、
「…ごめん……。」
向こうが謝ってきた。
そして、なぜか、僕の顔をジッと見つめてきた。
(何だろう?僕、変な顔をしてるのかな?)
そう思っていた僕を無視して、その男の子は、走り去って行ってしまった。
(誰だったんだろう?)
僕は呑気にそんなことを考えていたのだった。

『氷室可夢偉』
教室の黒板に、そう書いていた。
なんと、僕のクラスにきた転入生は、昨日の男の子だった。
なぜか、たぼだほの制服を着て、
「氷室可夢偉です。よろしくお願いします。」
そう自己紹介した。
担任の先生は、クラスの席を見渡し、
「おい、優木。」
突然、呼ばれたので、僕はびっくりしながら、
「は…はいっ!」
そう返事して、立ち上がった。
「氷室はあの優木の隣の席に座れ。」
担任の先生はそう言った。
「はい。」
氷室くんは、僕の隣の席に着くと、僕にだけ、こっそりと聞こえる声で、
「昨日は本当にごめん……。」
そう呟いた。

氷室くんが転入してきてから、数日が過ぎた。
速水くんはイライラし通しだった。
それはなぜかというと、
「寧々ちゃん、お弁当、一緒に食べよう。」
何かにつけて、氷室くんが、僕=つまりは寧々ちゃんになついてきて、速水くんとの二人っきりの時間がなくなってしまったってことだった。
速水くんは我慢していたイライラが頂点に達したのだろう。
「おい、チビ!!寧々は『俺の女』なの!!気安くなついたり、触ったりするな!!」
そう怒鳴っていた。
(『俺の女』。嫉妬してくれるのは嬉しいけど、僕は『女』じゃないんだけどなぁ。)
僕はそう思いつつも、速水くんがそこまで言えば、諦めてくれるかと思った。
だが、
「チビって呼ぶな!俺は寧々ちゃんに一目惚れしたんだ。諦めないから……。」
氷室くんはそう言って、僕の隣に座った。
氷室くんはかなり図太い性格らしかった。
「寧々ちゃんは俺のこと、嫌い?」
速水くんの前で、そんなことを聞いてくる。
(僕は何て答えればいいのだろう?)
速水くんをチラッと見ると、明らかに不機嫌な表情をして、僕を見ていた。
速水くんにしてみれば、適当に断って、追い払えっていうことなのだろう。
でも、僕は氷室くんの僕に向けてくる無邪気な顔を見て、
「嫌いじゃないよ。」
そう答えてしまっていた。
僕がそう言うと、氷室くんはパッと明るい笑顔を僕に向け、
「じゃあ、寧々ちゃんのこと、諦めなくてもいいんだよね?」
そう聞いてきた。
「それは……。」
僕が言いかけた時、
「あっ、ごめん。クラスの奴からメールで呼び出しだ。じゃあ、寧々ちゃん、またね。」
そう言うと、氷室くんは急いで、校舎の方に走り出してしまっていた。
僕が速水くんのほうを見ると、不機嫌MAXオーラを醸し出していた。
「何で、お前、あそこで断らないんだよ!?」
速水くんは不機嫌あらわにして、そう僕に怒鳴ってきた。
「だって……。あんな顔されたら、無下にできなくて……。」
「だからって、何で、期待させるようなこと、言うんだよ!!」
「でも……。」
速水くんは、チッと舌打ちすると、
「もういいよ。勝手にしろよ。」
そう言って、その場から去って行ってしまった。
(どうしよう……。速水くんに嫌われてしまった……。)
僕は呆然と、立ち尽くしてしまっていた。