「じゃあなんだ?」

 きょとんとしてそう訊いてくるシンに、リィもシャルロッテも溜息。

「シンは相変わらず恋愛事には疎いのですね。でもその様子なら安心しましたわ。浮気などしていないか心配でしたもの」

 シャルロッテは甘えるようにシンに擦り寄り、ふふっと笑う。

「は?」

 シンはクッキーをつまみながら聞き返す。

「リィシン=グリフィノー。勇者の御子にしてユグドラシェルに連なる由緒正しき血統の持ち主。誰にでも心を砕き、慈悲深い深海色の瞳で民を見守る……。弱き者を助け、卑しい者を諌め、いつでも真っ直ぐに突き進んでいく、強い意思を兼ね添えた美丈夫……。貴方の笑顔は万人を幸せにしますが、特に乙女には効果覿面ですわ。こちらの世界でも大勢の乙女の視線を集めているのでしょう? わたくし、とても心配で夜も眠れませんでしたわ」

 一体誰の話よ。

 シンは背中がムズムズしてきた。リィなど両手で口を塞いでぷるぷる震えている。

「あー……。えーと、なんで心配なわけ?」

 どうにも居心地が悪くなり紅茶を呷りながら聞けば、シャルロッテはコロコロと笑った。

「あら、婚約者の心配をしてはいけませんの?」

「んあ?」

 シンは眉を潜めたが、言葉の意味を理解した途端に紅茶を吹き出した。

「ごふっ、げほっ、は、な、なに?」

 驚きに目を見開きながらシャルロッテを見る。

「貴方はわたくしの婚約者。未来のユグドラシェル皇家──いえ、新設される『公家』の当主となりますのよ」

 目と口をぽかんと開けてシャルロッテを見つめ、声の出ないシンに代わり、リィが立ち上がった。

「ロッティ、それ、決定事項なの……?」

 いつもは眠そうな翡翠色の瞳を険にしてそう訊くリィに、シャルロッテは少しだけたじろいだ後、視線を横に流した。

「……いいえ。まだ、決定ではありませんわ」