苦し紛れに歌を歌った。
君は、背を向けて本を読む。


今日は、夜が長い。



感情が高まって泣いてしまいそうになる。喉が閉まる。



誰に届けたいわけでもないのにね、
誰に聞いてもらいたいわけでもない。



苦しくて、それを吐き出したくて。


とめどなく溢れるそれは、もう多分自分じゃどうしようもないんだろう。


もちろん、他の誰にも。




「おまえ、歌うまいのな。」



相変わらず背を向けたまま、あーちゃんは言う。



「私知ってるもんね、あーちゃんが本当に綺麗に荒々しく歌を歌うこと。」



「なんだそれ。」



あーちゃんは呆れたように笑って、
隅に置いてあるギター見た。



「それさー。ジャンク品でな。要はごみ捨て場にあったのがリサイクルショップにいってさ。五千円くらいだったわけさ。」



「うん。」



「自分への当て付けのために買ったんだわ。俺にはこいつで十分だって。人前にも出せないような、クソみたいなギターだって。」




「うん。」






「買ってみたけどアホくせえのな。」




「そう…?」




「もう慰めなくていいよ、おまえもさ。慰めて寄り添っても俺はおまえに優しくなんてできねえし。」



「そういうわけでも、ないんだよ。ごめんね。言いたいこと思ったことしか言おうとしてない。」





「もーうさ、わっかんねえかなあ。」



馬鹿にしたような、
どうしようもなく辛いのか、
よくわからない表情で、でも口元は上げて、私を見ながら。



「重い。」


私は一瞬キョトンとして、
それから優しく笑った。


「そっか。ごめんね。」




すると、あーちゃんは眉間にしわを寄せて、



「話を聞けよ。」



と言ってまた、
目をそらさない。




「お前のその俺を気づかった優しさが見え隠れする言葉自体が本当に辛い。俺は何も返せやしねえし、何より愛せないんだって。だから、」



「それでも、いいっていったじゃん…?」



「なあわかんねえかな、その優しさすら捨てようとする自分が心底いやなんだって、もういい加減捨てろよ利用されてるようにしか思えねえだろうさお前からしたら、なんで、なんなの、なんなんだよほんと、お前のアホさ加減も見てられねえよ、なんで、」




「もう、いいよあーちゃん。ごめんね。」




息急き切って、とめどなく言葉を吐き出す。


これは、自分の意思だけじゃなくてきっと、自分のわからないところで何かに潰されそうになって、そこから漏れ出してるんだろう。



話してるというよりは、
言わされてるかのような。
切羽詰まっているのが手に取るようにわかる。



だけどこれも、
彼にとっては私の被害妄想でしかないんだろうなとも。




人には人の感情と、
見方がある。


今の私には目の前の彼に抱く感情も一つではないし、だからこそ今言葉も出なかった。




「あーちゃん、ごめんね。」


足を投げ出してベッドに腰掛けるあなたの正面に立って見下ろす。



見上るあーちゃんの頬をなでて、
そっと頭を撫でた。



「あーちゃん。好きだよ。ごめんね。」




「俺は、お前を愛せない。」




私は何も言わずにただ笑った。




どんな言葉も、
きっと返したって意味はない。


だけど、だから返さなかったわけじゃない。




きっと、私の笑顔で充分に何を伝えたいかはわかっているはずだから。



「あーちゃん、キスしていい?」




「好きにしろよ。」



「あーちゃんらしいね。」



無愛想な声に笑いながら答えて、
頬に手を添える。



唇を近づけたところで胸が痛くなって、
ふと口を開いた。



「ねえ、あーちゃん。」


「うん。」


「私ね、恋人が出来たんだ。」


月はもう窓を通り過ぎていて、彼の顔はそうはっきりとは見えない。



でも、闇になれた中で、彼もまた目を見開いて、私と目を合わせようとしているのがわかった。



だからこそ、
スッとキスをした。




そしてわざとらしくくるりと回って背を向けて、にっこり笑ってありがとうだなんて言い捨てて、彼の部屋を出た。



きっと彼は、
私が手を離したら追ってはこない。
一歩を早めに階段を下りる。
流れるように玄関に手をかけて、
躊躇なく外へ出る。


これで、
「さようならかあ。」



「それは、さすがにもう無理だろ。」




振り向きそうになるのを堪えて、
出かけた涙を拭う。




「あーちゃん、どうしたの?」