「こらっ、宙。また、サボりか?」
親にすら見離された宙に、こんな風に声を掛けてくるのは一人しかいなかった。
「あ、店長。おはようっす。」
「おはようじゃないよ。お前、学校はどうしたんだ?」
言葉に詰まった。親になら、“うるせえ”の一言で済む事が、店長にはそれでは済まないからだ。
店長も、昔は色々と問題を起こしていたらしい。いたらしいと言うのは、直接、それを見たわけではないからだ。ただ、十年以上経っている今でも、その悪業の噂は朽ちる事がなかった。
「いや、ちょっと腹が痛くて・・・。」
そんなありふれた嘘しか、思いつかなかった。
「お前なぁ・・・、今時、小学生でも、もう少しまともな嘘をつくぞ。」
呆れ顔の店長は、それ以上、学校の事に触れなかった。
「まぁ、いいや。おいっ。ちょっと来いよ。」
手招きすると、はじめて見る奴が、店長の後に立っていた。
―――誰だ?
人嫌いな宙は、本能的に身構えた。
「おいおい。これから一緒に働いてもらうんだから、そんなに身構えるなよ。」
そう言われても、態度を急に代える事なんて出来っこなかった。少しぎこちない態度で、宙は立ち上がった。
「どうも。大友・・・大友晴って言います。晴天の晴れって書いて“せい”って読みます。高二っす。」
―――高二。一コ下か。
そう思うと、宙は態度を和らげた。
「で、こいつが宙。名前の通り、頭は空っぽだけど、仕事はそれなりに出来るから。しばらくの間は、こいつに色々聞いてくれや。」
「店長。俺の名前は、宇宙の宙って書くんですよ。なんで、空っぽって言うのは、ひどいじゃないすか。」
「あ、そうだったな。悪ぃ。悪ぃ。」
店長は、宙の肩を叩きながら、大笑いした。宙も、晴も、つられて大笑いした。
それが、ふたりの間にあった不安定な空気を、どこかに消し去っていた。