「あの……どうして書類作成を」


――お約束ごとの新人苛めを許せなかっただけだ。
傘とコート持っていけ


美文字のメモから、結城さんが何かを耐えているのを感じてしまう。


「ありがとうございます。助かりました」

傘とコートを手に、車を降りる。

カーウィンドウを開けて、結城さんの口がゆっくり動いた。


――がんばれよ


「はい」

走り去る結城さんの車が、涙で滲んだ。

家に帰ったら「限りなくグレーに近い空」を久しぶりに読んでみようと思った。

コートを羽織ると、微かに結城さんの香りがする。
紺色の蝙蝠傘を広げて、駅に向かう。


――喋れなくなったのは精神的なものかな


メモに書かれた言葉を思い出し、胸が痛かった。


――結城さん、あなたの胸につかえているものは、何ですか