畏まり緊張して、出しそびれていた詩乃の持たせてくれたケーキを差し出し、那由多賞の副賞懐中時計をそっと机に置いた。

「貴方に失った声を戻してあげられるかもしれない、チャンスは今しかないと思ったの」

懐中時計を手に取り、しみじみと見つめて「届いたのね、本当に約束を果たせたのね」と、紗世のお母さんは頭を下げた。

「お礼をしなければならないのは、俺の方です。紗世と初めて会った時、俺は自己嫌悪でいっぱいだった。紗世の明るい笑顔と一生懸命さに癒されて……『那由多賞を』紗世との冗談みたいな約束が、紗世がいなくなってからはずっと、俺の支えでした」

「紗世はあなたを縛りつけていたのでは?」

「いえ……違います。俺は昨日まで声は無理かもしれないと諦めかけていました。紗世がいないことを盾にして……いたのかもしれません。紗世からの花束を受け取って、胸に仕えていたものが無くなったんです」