「誰が来ても恥ずかしくないように、そろそろ着替えなさい」

『だ・か・ら・那由多賞は取れるはずないから』

窓から差し込む光に、ダイニングが茜色に染まっている。

詩乃は「早く」と言って、俺を部屋に押し込む。

俺の言い分はまるで聞いていない。

詩乃を立てて、俺がスーツに着替えると同時に電話が鳴った。

「もしもし、結城でございます」

詩乃がよそ行きの声で対応する。

「はい……ありがとうございます。……はい、承知いたしました……」

何度も電話の向こうの相手に頭を下げ、受話器をそっと両手で静かに置き「由樹、由樹」と繰り返し、声を震わせた。

『どっち?』

詩乃の顔を覗きこみ、詩乃の顔の前で人差し指を忙しく振った。

「万萬先生、やりましたね」

俺は本当に那由多賞を受賞できたのかと、詩乃の肩にしがみついた。