それに輪を掛け、秘書科の女子社員からの執拗な嫌がらせと同僚を巻き込んでの事件で、まともな精神状態ではなかった。

辛さや苦しさの捌け口を求めて書いた「限りなくグレーに近い空」が、群青小説新人賞を受賞し作家デビューした。

「限りなく……」は受賞連絡の際、姉のついた嘘で作者「万萬詩悠」像が1人歩きし、売上を伸ばし芥良山賞にノミネートされた。

が、ノミネートの知らせを受けた時点で、俺は姉を介して、丁重に賞を辞退した。

あの時の経緯を知っているのは出版業界の1部の人間だけだ。

「芥良山賞」「那由多賞」の主催側と密接関係にある文藝夏冬社とは、万萬詩悠の正体を明かした後、何となく気まずい状態だ。

「由樹、今回は辞退するなよ」

『ええ、相田さん。もちろん!「那由多賞」は麻生の……願いですから』