結城は手を止め、相田を見る。

『沢山先生は気にしなくていい。無理せずに吸入器つけりゃいいのに』

相田は結城の手に酸素ボンベを握らせ、本を手に取り扉を開く。

結城は相田にも列に並ぶ客にも、伝える思いで『すみません』の手話をする。

切れ間なく続く列、繰り返し書くサイン、求められる握手と『ありがとうございます』の手話で、じゅうぶんに酸素を吸う間がない。

相田が結城の様子を気遣い、結城の背を擦る。

「由樹、隠していられる状況ではないだろ。観念して吸入器を着けろ。サイン会が終わる前に倒れるぞ」

結城の耳元で囁く。

「紗世ちゃんが側に居たら、お前にこんな無茶はさせないはずだ。無理矢理にでも鼻にカニュラを突っ込んで、酸素吸入をさせている」

結城は相田の言い分を「あと半時間だ。半時間何とか乗り切れば」と聞き流す。

酸素を吸いサインを続ける。