「そうですね。『空と君』はサナギが脱皮して蝶々になったみたいですよね」

水嶋は上手いことを言うなと思う。

レジ横にディスプレイした同時発売サイン会、水嶋は結城の様子を眺める。

結城は愛想良く振る舞い、メモで返事をしながら、時々酸素ボンベを口に当てる。

沢山江梨子の側で、彼女の補助をする編集部の相田が、結城の様子をしきりに気にしている。

結城の列に並んだ客が、沢山江梨子の列にほぼもれなく並ぶ。

――あいつ……

水嶋は呟き、つかつかと大股で女子店員の呼び掛けにも振り返らず、突き進んでいく。

「相田、沢山先生の方は俺が。結城の方に回れ」

水嶋は相田に耳打ちし、相田を結城の側に押しやり、沢山の作品「空を詠む」を手に取り、沢山に手渡す。

『大丈夫か?』

相田は結城の肩を叩き、右手人差し指を左右に振る。

サイン会開始から、約1時間が過ぎている。