沢山江梨子の全盛期はとうに過ぎ、売れっ子作家だった――過去形で語られている。

が、かつての大物女流作家という格付けからか、新進作家に人気が劣ることを、あからさまにはできない。

桜を使ってでも――そんな思惑を沢山江梨子は気づいてさえもいない様子で振る舞う。

結城は卓上に積まれた本にサインをし、傍らに置いたメモ用紙にペンを走らせる。

本の見開きにそっと添え、卓上に積まれた沢山の「空を詠む」を手に取り重ねる。


――『空を詠む』と対照的なので、比較して読まれると面白いですよ


丁寧な美文字で書かれたメモを目にし、客は沢山の列に並び直す。

自分の列に並んだ客の本の見開き、結城は1枚1枚メモを添える。

沢山は時折、数分置きに酸素を吸入する結城を心配げに見つめる。

水嶋は社からの救援で駆けつけた桜を沢山の列に並ばせ、ホッと胸を撫で下ろす。