私の小さな呟きは、周りの声に掻き消された。

「はいはい、とりあえず座れって」

「駆けつけ乾杯な」

「晃人、お疲れっ。うわーお前、すっかり銀行マンじゃん」

「それ以外の何者でもねーわ」

 お友達に弄られながら宴席に着く市原さんを、目を見開いたまま凝視した。
 え、市原さん……ですよね? これ、どういう状況?

 男性メンバーはみんな大学が同じで、卒業して以来、久々の集まりだと聞いている。ということは、市原さんもこの人たちと同じ大学を卒業して、銀行に就職して、二年目ってことか。
 それは別に変じゃない。

 問題は……何で違う名前で呼ばれてるの? ってことだ。みんな当たり前のように「アキト」って呼んでるけど、この人、市原悠雅さんですよね?


「どしたの、美緒ちゃん。すごい晃人に見惚れてない?」

 男性側の幹事、坂上さんが私の異変に気付いたようだ。坂上さんの言葉にみんなが反応し、一斉に注目される。
 市原さん本人も私を見た。目が合った。

「あの……市原さん、ですよね?」

「違いますけど。他人の空似じゃないですか」

 嘘だ。だって似すぎてる。顔だけじゃない。背の高さも眼鏡も声も同じだ。あのときの、ゆうくんだ。

「先月の、第三日曜日……カフェで会いましたよね? 覚えてませんか」

「覚えてませんね。会ってないから」

 にべもなく答える市原さんに、場の空気が凍りつく。坂上さんが慌ててフォローを入れた。

「ああ、分かった。この手の顔、よくいるから。てか、この眼鏡かけたら誰でも晃人に見えるのかもよ」

「おお、それな。ちょっ、お前その眼鏡貸してみ」

 ノリのいい仲間が市原さんの眼鏡を取って、かけてみせた。

「どうも、相良晃人です。キリッ。つかこれ、きっつ! こめかみ痛てえ」

「度が?」

「幅。晃人、顔ちっちぇんだって。度は入ってねえよな、伊達じゃん」

「伊達かよ、エロいな。詐欺だわ」

「るせぇアホ、返せ。広がったら嫁に行けねえだろが」

 確かにこれは、市原さんじゃない。こんなに口が悪いなんて、まるで別人だ。
 双子だろうか? 苗字が違うということは、きっと複雑な家庭事情があるんだろう。