カラオケのお店を出たところで、駐輪してある自転車の鍵を外している相良さんを見つけた。
追ってきた私を見て、少し驚いた顔をした。
「……自転車通勤ですか?」
「そ。いいよ、押して歩くから」
自転車を手押しして歩き始めた相良さんの、隣に並んだ。
騒がしかった場所から、急に二人きりになって、ひどく緊張する。
突き飛ばして怒ったこと、謝ったほうがいいのかな。でも悪いのは、いきなりキスしてきた相良さんだし。
空気悪くしてごめんなさいとみんなには謝ったけど、私には謝ってないし。
うー……、ていうかどう切り出せばいいのだ? 無言で歩いている私たち。
「市原悠雅、俺の幼馴染み」
進行方向を向いたまま、相良さんが言った。
えっ、あ……ゆうくんの話。
「一浪して県外の大学入って、就活中。この時期に内定一社も取れてないっていう、馬鹿なんだけどさ」
思いがけない情報と、いきなり強めの毒を吐く相良さんに困惑する。
「さらに馬鹿なことに、付き合ってる彼女が妊娠中でさ。父親になる気はあるらしーんだけど、就職も決まってねえわ、妻子持ちじゃ就活に響くからって、籍は当分入れられねーわで、ホントふざけた奴だよ。子どもがいなきゃ、ぶっ殺してやりてえよ」
今まで平坦な話し方だった相良さんの、怒りを滲ませた口調にぎょっとした。
確かに今聞いた限りでも、微笑ましい話じゃないのは分かる。
学生の分際で彼女を身ごもらせるというのもアレだし、就職先が決まっていないというのもアレだ。
何より、籍を入れてもらえない状態で、どんどん大きくなるお腹を抱えている彼女の不安を思うと、胸が重くなる。同じ女として。自分がもしその立場だったらと思うと、気が気じゃない。
まあ「産まないでくれ」と言われなかっただけ、良かった気はするけど。
他人事だからそう悠長に考えられても、当の彼女は大変だろう。
相良さんがこんなに怒っているのも、彼女のことを思ってのことだろうし。……そう考えると、相良さんって実は優しい?
馬鹿だよなって笑い飛ばすんじゃなくて、すごく怒ってる。