どんっと両手で突き飛ばした。
 背中をソファーで打った相良さんの胸ポケットから、差していた眼鏡が飛んで落ち、ガラステーブルに当たって派手な音を立てた。

「いっ……てぇ」

「な、何するんですかっ……」

 一斉に注目を浴びた。

「何してんだよー、晃人!」

「うぉいうぉいうぉいっ!」

 酔っ払った友人達が酔っ払いのテンションで突っ込みを入れると、相良さんは憮然として答えた。

「だって、この子ずっと俺のこと、他の男と勘違いしてんだもん。ちょっと嫉妬した」

「ちょっ、おま、しれっと告ってんじゃねーぞ」

「だからって急に襲うなよな。美緒ちゃん、ごめんねー、コイツ酔ってるから」

 へらへら笑って場を取り成そうとする友人達を尻目に、相良さんには反省の色が見られない。
 何この男……本当に最悪だ。

 悪ふざけで、というか嫌がらせで、キスしてくるなんて……
 そっちは回数忘れるくらい経験豊富なんだろうけど。私にとっては、今のが人生初……ううん、絶対カウントに入れるもんか。これは事故だ。唇と唇がぶつかった、不幸な事故だ。

「最低です、相良さん。姉と市原さんの想い出、穢さないで下さい。嘘なんですか? 何もかも。来年彼女と結婚するから幸せだって、言ってたじゃないですか!」

 わなわなと震えながら、声を振り絞って抗議した。

「えっ晃人、結婚すんの?」

「ちょっ、お前マジで何したんだよ。偽名語ってヤリ捨てとかあ? お前そんな奴だった?」

「つか、その市原ってさあ……ゆう……」

「あー……、ごめん!」

 ざわつく周囲の声を一掃するかのように、大きな声を上げた相良さんが、すくっと腰を上げて、私に片手を差し伸べた。

「二人で話したいから、ここ出よう。ちゃんと説明する」

 急に真摯な顔つきになった相良さんに、あのときのゆうくんが重なる。
 無反応な私に溜め息を落とし、落ちている眼鏡を拾ってかけた。

「俺、もう帰るわ。空気悪くしてごめんにゃさい」

 ビジネスバッグを手に提げ、ドアの向こうに消えた背中を、慌てて追った。