あたしみたいな病気の人を……。
うれしくて涙があふれそうになる。
「たのんだぞ」
心配そうな山本先生の声を背に、瑠衣とふたりで廊下に出た。
支えながら、瑠衣は、
「大丈夫?」
と、あたしの顔をのぞきこんだ。
「うん……。ごめんね、混乱しちゃってたみたい。いろいろヘンなこと言ってごめんね」
わけのわからないことを言って、いちばん困らせたのは瑠衣だろうから。
「大丈夫だよ。誰も心が病院に行ってるなんて知らないからさ。お薬を飲めばきっと治るから、それまでは内緒にしておこうね」
「うん、うん」
胸のあたりからなにかがこみあげ、気づくとそれは涙になってほほを伝った。
「泣かないで」
瑠衣に言われて、自分が泣いていることを知る。
まさか、あたしが病気だなんて……。
「心、私たちは親友だよ。だから、一緒に乗り越えていこうね。それにクラスのみんなも病気のことは知らないけど、いつも心配してくれてるからさ」
「……ありがとう。ごめんね」
流れる涙をそのままにあやまるあたしに、瑠衣は力強く言った。
「大丈夫、5組は最強のクラスなんだし、私たちはその中でも最強のクラスメイトだからさ」
___最強のクラスメイト
その言葉が、不安定な心に灯をともしたように思えた。
なんとか元気にならなくちゃ。
胸に希望が生まれた気分だよ。
ありがとう、瑠衣。
それに……今いちばん思うのは、『梨花を殺してなくて良かった』という思い。
___それだけでも、少しは救われるから。
『エピローグ』
「戻りました」
瑠衣が教室に戻ると、クラスメイトが一斉にそっちを振りかえった。
みんなの視線に大きくうなずいてみせると瑠衣は席についた。
山本先生はメガネ越しに瑠衣の表情を確認すると、両手を目の前に持っていく。
パチ パチ パチ
ゆっくりした拍手に、クラスメイトも徐々に手をたたきだし、最後は大きな拍手となってゆく。
パチパチパチパチパチパチ
しばらく続いた拍手は、山本先生が右手を上に挙げるとすぐに止まった。
「みんなよくやった。だが、これからが大変だ」
そう言いながら、山本先生は教室内をゆっくり歩き出す。
「俺たちは、吉沢梨花に手を焼いていた。彼女がいることで、このクラスは崩壊寸前、俺のクビも間もなく飛んだにちがいない。もうこれ以上クラスメイトを失いたくない。だけど、どうすることもできなかった……。だが……」
そこで山本先生は言葉を切って教室を見渡す。
「みんなの協力のおかげで吉沢を消すことができた」
「でも先生」
瑠衣が手を挙げた。
「心は大丈夫でしょうか?」
「自分が錯乱していると思いこんでいるんだろう?」
「ええ、まぁ……」
手をおろして瑠衣がうなずく。
「それでいい。空野をいじめるように仕向けて、実際にいじめられたあとに吉沢を始末する予定だったが、まさか彼女が殺してしまうなんてな」
「空野さんに罪を着せる予定でしたものね」
クラス委員の千尋がよく通る声で言うと、山本先生が「ああ」とうなずく。
「空野はウソが苦手だ。だから、たとえ逮捕されても『いじめられていた』という事実があるだけで、すぐに疑いは晴れたはず。ウソはついていないんだからな。吉沢を殺している間のアリバイづくりもあったんだろう?」
瑠衣が首を左右にふりながら、
「カラオケに行くつもりでした。……でもまさか心が、はずみとはいえ殺してしまうなんて……」
と、後悔を言葉にした。
クラスメイト全員が、クローンのように眉をひそめてうつむいた。
「空野はみんなの想いを実行に移してくれたんだ。彼女を守るには、本当のことを教えられない。やさしい性格でウソがつけない空野は、きっとすぐに自白してしまうからな。精神がおかしいと思わせるしかないんだよ」
千尋が後ろを振りかえる。
「瑠衣、あの薬の袋だけどね」
「わかってる。偽造だとバレないうちに回収しておく。携帯の写真とかアドレスも、もう1回チェックしてみる」
「お願いね」
山本先生がまた教壇に戻ってくると、大きく息をついた。
「さぁ、ここからだ。もうすぐ吉沢の失踪が公になるはずだ。父親か母親が学校に来るだろうし、警察も動き出す。作戦通りでいけるな?」
クラスメイトが声をそろえて、
「はい!」
と、返事をした。
「よし、じゃあ山下」
「はい」
素早く立ちあがった哲生は、まっすぐに山本先生を見た。
「設定はこうです。梨花は昨日、4時間目が終わったと同時に泣きながら帰りました。国語の質問に答えられなかったからです。それ以来、誰も姿を見ていません」
「音楽室の件は?」
次の質問に千尋が立ちあがる。
「日直である私がカギを開けたことにします」