後ろの扉を開けようとして気づく。
……そういえば、教室が変わるときは施錠するんだった。
ああ、もうなにやってんのよ!
そんなことも忘れてるなんて。
絶望的な思いのまま扉を引くと、
ガラッ
なんの抵抗もなく扉は開いた。
あれ……。
今日は特に日直が千尋だから、施錠にはうるさいはずなのに。
神様がきっとあたしの味方をしてくれたんだ。
今まで一度も信じてない神様に感謝しながら、自分の机の横にかかっているカバンからスマホを取り出すと電源を入れた。
起動するのがこんなにもどかしいと思ったことはない。
「早く……早く」
ようやくいつもの画面がつくと、ロックを解除する番号を入れるとメニュー画面が表示された。
急いで写真のフォルダを開き、文化祭の日の写真を探す。
「えっと、これじゃなくて……」
画面に小さく並んでいるたくさんの写真から、梨花の姿だけに集中して見てゆく。
だけど、どの写真にも梨花は映ってなかった。
そんなはずはない!
だって、瑠衣と一緒に撮ったのは本当だから……。
指先で行ったり来たりしたりしながらフォルダ内を探すけれど、結局、梨花の写真は見つからなかった。
音楽室に戻ると、みんながあたしを一斉に見た。
その視線になにか恐怖を覚える。
なんだか怖いよ。
梨花がいなくなるなんて。
そして、その存在さえもみんなのなかでは『いない人』になっている……。
パラレルワールドにまぎれこんだ……そんな気分。
結局その日、梨花のことを口にする人は誰も現れなかった。
第3章
『最強』
【AM8:15】
ゆうべは眠れなかった。
今にも警察がやってくるんじゃないか、そればっかり考えて夜を過ごした。
だけど、登校してすぐその変化にあたしは気づいた。
梨花の机があったのだ。
千尋は昨日座っていた場所よりひとつ後ろに座っているし、机の数も増えている。
「おはー」
瑠衣に肩をたたかれたあたしは、
「ねね、あの席」
と、指をさした。
「え?」
「あそこって、梨花の席?」
「そうだよ」
「吉沢梨花だよね?」
「だからそうだってば」
意味がわからない、という表情で見てくる瑠衣。
それはこっちのほうだよ。
昨日は『そんな人知らない』って言ってたのに。
「でもさ」
瑠衣が続ける。
「ずっと不登校だから、顔も忘れちゃった」
ズット フトウコウ
「え? 来てないの?」
あたしの声に瑠衣は首をかしげた。
「もう何か月も来てないじゃん。なに言ってんの?」
「……そんなことないでしょう?」
瑠衣は近くにいた哲生をつかまえて、
「哲生、最近梨花って見た?」
と、尋ねる。
「は? いや、見てない」
そう言うと、哲生は男子の輪に戻りはしゃいでいる。
「おかしいよ……。だって梨花は毎日来てたし。それにみんな怖がってたじゃん」
「怖がるって?」
瑠衣が席につくと、きょとんとあたしを見あげた。
「お父さんが県議会の人とかで、いつも権力を振りかざすっていうか……」
「あはは。なにそれ。梨花はいつもいじめられて泣いてたでしょう?」
「え?」
「だから来なくなったんだよ。覚えてないの?」
「……」
キョトンとするあたしを見て、瑠衣は「ひょっとして」とつぶやいた、
両手であたしの手を持つ。
その目が悲しさをたたえている。
「ね、心。よく聞いて。またお薬飲んでないの?」
「お薬……?」
「そう。精神科のお薬。また、なにか混乱してるの?」
「……なにを言ってるのかわからない」
瑠衣は「そっか」と、少し笑う。
「心は精神の病気なの。だから、こうしてたまに混乱するけど、大丈夫だよ」
瑠衣の目に涙が浮かぶと、安心させるように握った手に力をこめた。