なんとか歩き出すと、山本先生も黙ってあたしの後ろをついてきた。
なんて言っていいのかわからない。
階段をのぼりながらも、これからのことを思うと苦しさが押しよせてくる。
だって、お父さんやお母さんだけじゃない。
山本先生にも瑠衣や哲生……クラスメイトや学校にも迷惑をかけてしまうだろうから。
グスッ
鼻をすすりながら、ようやく音楽室の前に来る。
まだ他のクラスメイトは来ていないみたい。
カギを取り出しながら、山本先生を見た。
少し息を切らしている山本先生が、あたしに言葉を求めるように首をかしげた。
「先生、ごめんなさい。あたし……梨花を……」
こみあげてくる涙と戦いながら言葉にする。
「梨花を殺してしまいました」
「……」
山本先生はメガネの奥の目を少し大きくしたまま黙っている。
「そ、そんなつもりじゃなかったんです。もみ合っているうちに、梨花をつきとばしてしまって……」
「……え? 誰のことを言ってんだ?」
そうだよね……。
状況を理解しろ、ってほうがムリな話。
ふぅ、と息を吐くとあたしはもう一度言葉にする。
「吉沢梨花を殺してしまったんです。警察を呼んでもらえますか?」
そう、これでいいんだ……。
自分の犯した罪をしっかりつぐなわなきゃ。
だけど、山本先生は眉をひそめたままあたしを見ているだけ。
どれくらい黙っていただろう?
山本先生が次に言った言葉は、あたしに衝撃を与えた。
「吉沢梨花って……誰のことだ?」
第2章
『見知らぬクラスメイト』
【PM12:45】
「なに言ってるんですか? 梨花のことですよ」
山本先生の言っている意味がわからないまま、あたしはそう言った。
ふざけている場合じゃないのに、山本先生はぽかんと口を開いたまま。
「空野、寝ぼけてんのか?」
「それは先生のほうじゃないですか。梨花ですってば、吉沢梨花」
「それ何組の生徒?」
「は? 5組です。うちのクラスでしょ!」
思ってもいない展開に、イライラしたあたしの口調が意識せずにキツくなった。
だけど、山本先生は気にもとめてないふうに腕を組みながら、
「吉沢梨花……そんな生徒、いないだろ?」
と、あたしの顔をのぞきこんだ。
……まだ寝ぼけてんの?
「先生、ふざけている場合じゃないんです。とりあえず見てください」
梨花の死体を見れば、先生の目も覚めるはず。
カギを開けると、扉を開いた。
「ほら、ピアノの横に……」
中に入りながら言う言葉は途中でとぎれる。
一瞬、思考回路が中断された。
「どこにいるんだ?」
ゆっくりした足取りであたりを見回す山本先生。
さっきまでピアノの横にあった梨花の死体がない。
「あれ・・・…?」
近づいてみても、やっぱり梨花はそこにおらず血だまりすらない。
そんなはずないのに。
あたしが殺しちゃったはずなのに。
「どうして?」
あたしのつぶやきに、
「そんなこと俺に聞いても知るわけがないだろう」
と、不満げに山本先生が口にした。
「でも、でもっ。さっきはたしかに……」
そう言ってみるけれど、山本先生は少し不機嫌そうな顔をしている。
まるであたしが寝ぼけてるみたいに。
ひょっとしたら、梨花が実は気を失っていただけで死んでなかったのかな?
ううん、そんなはずはない。
死んだ人を見たことはなかったけれど、あの焦点の合わない目、大量の血……。
彼女が死んでいたのは間違いないと思う。
「空野、大丈夫か? どこかで頭打ったんじゃないのか?」
「ちがいます! 梨花をたしかに殺したんです」
ふぅ、とこれみよがしにため息をつくと、山本先生は首をコキコキと鳴らした。
これじゃあ、あたしがおかしい人みたいじゃん。
なにか証明しないと……。
自分が犯した罪を知ってもらいたい、なんてそれはそれでヘンだけど。
ガラッ
音がして振り向くと、瑠衣が立っていた。
「なんだぁ、まだ3階にいたんだ?」
瑠衣があきれた顔をして入ってくる。
手には音楽の教科書。
そうだ、瑠衣ならわかってくれるはず。
「ねぇ、瑠衣。梨花って知ってるよね?」
すがるように瑠衣の腕を持ってそう尋ねるけど、まっすぐにあたしを見つめ返してきょとんとしている。
なに? どうしたのよ……。