それからもアリアとフェイレイが他愛のないやり取りをしながら、髪結いを進めていく。その方がリディルも安心していられるようだった。

「……しかし、自分の髪をやるのとは勝手が違うのだな」

 サラサラの髪を真ん中で分けるところで、アリアは苦戦していた。

 リディルの後頭部の真ん中にすっと櫛を入れて、半分に分けようとしているのだが、なかなか真っ直ぐに分けられない。

「む、曲がった。ううっ、ジグザグになった。襟足の方がうまくいかん……」

 何度も何度も分けてみるものの、うまくいかずにだんだんイライラしてくるアリア。

「母さん、俺がやってあげようか?」

「余計な手出しは無用! これは母さんの仕事なのである!」

 息子の申し出をピシャリと断り、深海色の瞳をキッと釣り上げてハニーブラウンの髪と向き合う。
 
 リディルはその気迫に最初はビクビクしていたものの、フェイレイが怒鳴られてもビクともしないのと、不穏な空気を纏いながらも、髪をいじる手の優しさが変わらないことを感じて、少しずつ、少しずつ、警戒心を解いていった。

 やっとのことで髪を真ん中から分け、耳の上辺りに結わえるのに更に苦戦して、更に纏めるのに苦戦して……とやっているうちに、リディルの目がとろん、としてきた。

 かくん、と頭が落ちたのに気づいて、アリアもフェイレイも鏡の中のリディルを見る。翡翠色の目は閉じられて、気持ちよさそうに船を漕いでいるのが見えた。

「おお……!」

 アリアは感動である。

 こんな風に無防備な姿をさらけ出してくれるほどに、安心してもらっているのだ。心の底から喜びに打ち震えた。

 それから髪を引っ張らないように気をつけながら纏め上げ、以前購入しておいた白いシニヨンキャップをつけ、更に黄色のリボンをつけてやった。

「わあ、リディル、かわいくなったよー!」

 かくり、かくりと頭を動かしていたリディルは、フェイレイの声に目を開ける。そしてぼんやりと眠そうな目で鏡に映った自分を見た。

「どうだ? 母さんとお揃いだぞ。可愛くなっただろう?」

 そうアリアに訊ねられ、リディルは鏡越しにその顔を見た。自分とアリアとお揃いの白いシニヨンキャップを見比べる。それは『親子』という証にも見えた。