『あああ~』

 沈黙を破ったのはアリアだ。

 赤い髪を掻きむしるため、きっちり結い上げていた髪がバラバラと落ちてくる。

『どうしたら良いだろう。なあ、ランス』

「そうだね……」

 ジジ、と揺れる機械が映し出す妻の顔は、不安に揺れている。

 ランスは考える。

 ほとんど動けない自分に、何か出来ることはないだろうか。妻や子どもたちを、どこか安全な場所へ避難させられないだろうか……。

「しばらく逃亡生活をさせるのはどうだろう」

 考えた末、ランスはそう提案した。

『逃亡生活?』

「エインズワース夫妻と一緒に、少しの間セルティアを離れてもらうのもいいかもしれない。もちろん、フェイも一緒に」

『だが今は魔族も増えているし……危険だ』

「魔族への危険度はどこにいても同じだよ。せめて惑星王の御心が知れるまでは、隠れていた方がいい」

『しかしどうやって隠れるというのだ。姿形を変えてか?』

「取りあえずはあまり人の出入りしない場所に潜伏してはどうかな。例えば、こことか」

『ああ……そうか、お前もいるしな……。お前、大丈夫か? 子どもたちが行っても……』

「むしろ頑張れる気がするよ」

 ランスはにこりと微笑んだ。

 リディルが来るというのであれば、この破壊者の血も一時的にでも抑えておける。そう思えば、子どもたちが来るのは大歓迎だった。

「子どもたちが落ち着けるまでは、必ず保たせる」

『ランス……すまん』

 謝るアリアに、ランスは微笑みかける。

「君一人で選んだ道じゃない。……俺たちが、選んだ道だよ」

 そうだろう? とランスはアリアに向かって手を伸ばす。アリアも伸ばされたその手に、そっと触れた。

 触れたところでなんの感触もないのだが、何故だか温かく感じられて、最近ではいつもそうしている。

『分かった。折を見てフェイとリディルをそちらに送る。無事そちらに着いたら、私も行こう。溜まっている有休を使わねばな。最近忙しくて敵わん』

「そうだね。そうしたらまた皆でオーロラを見上げよう」

 二人は昔見た、乳白色のカーテンが空一面を覆い尽くす光景を思い浮かべた。現在の情勢を見ればアリアがオースター島へ行ける可能性は限りなく低かったが。

 ランスと、アリアと、フェイレイとリディル。

 四人で見ようと、約束をした。