『……昔、君に言ったね。“ここは君の死に場所じゃない”と』

 それは十年前のガルガンデ山脈でのことだ。アリアはしっかりと頷いた。ちゃんと覚えていると。

「ああ、言ったな。それと同じことを私も言おう。今はお前の死ぬ時じゃないんだ。私にも子どもたちも、お前が必要なんだ」

『うん……』

「村だと知り合いがいるから駄目なんだな。それじゃあ、誰もいないようなところへ避難すれば……」

『避難、か……』

 その時、夫婦の脳裏に浮かんだ景色は、きっと同じだった。

 静かに見つめ合った二人は、同時に口を開く。

「オースター島なら、どうだ」

『うん』

 オースター島。

 北の大陸の最北にある、氷に包まれた島だ。高い岸壁に囲まれたそこは訪れる者もなく、閉鎖的な小さな村があるだけだ。

 武術馬鹿夫婦であるランスとアリアは、昔フェイレイを連れてそこに旅行という名の修行に行ったことがある。

 生きる者すべてを氷像に変えそうなほどの極寒の空気。凍る大地には雪が降り積もり、外部からの侵入者を拒む。

 だが、ハラハラと舞う細かい雪を降らす空には、乳白色に揺れるオーロラが広がっている。それは肌や喉を焼く冷たさも忘れて見入ってしまう、自然界からの贈り物だった。

 あの地ならば、ランスの破壊の血を抑えておけるかもしれない。

 生きるのに精一杯の、あの地でなら。

「……そこまで、行けるか?」

 顔色の悪いランスの体調が良くないことはすぐに分かった。もし本当にランスが行きたいというのであれば、アリアが連れて行ってやりたい。

 けれどもランスはアリアの申し出を断る。

『大丈夫だよ。一人で旅行というのも楽しそうだ』

 アリアの不安を和らげようと、ランスは微笑む。

「分かった。……オースター島で待っていろ、本当に駄目な時は私が行くから。必ずだ、約束する。だからその時まで、諦めるな」

 ランスは穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 そして必ず一日一回、正午に連絡を入れ合うと約束をする。