「莉奈、おはよーん!」
「栞ー、おはよ!」
いつもと変わらない朝。
栞があたしの家まで来てくれて一緒に学校に行く。
「ねぇ、見た!?昨日の映画!観に行けなかったしテレビであって良かった~。それにしても秀平先輩かっこ良すぎだよね!」
「あ、見た見た!」
昨日、体育大会の練習期間中に秀平先輩がフランスで撮影していた映画がテレビで放送されたのだ。
「あの秀平先輩のキスシーン…あれは凄かった。親いたけどキャーキャー言ってた。」
「あははっ、お姉ちゃんもすごい叫んでた。」
お姉ちゃんは映画が放送されるまでにいつもダラダラして終わらない宿題をさっさと終わらせて、何もかも終わった状態で放送されるの待ってたからね…
キスシーンとか「見たくないー!!」って言いながらも見て、叫びまくってた。
「友情出演で蓮くんと颯斗くんも出てたよね!」
「…うん、出てたね。」
栞の口から颯斗くんっていうワードが出てきて、ちょっとビクッとした。
映画をお姉ちゃんと見てて、いきなり颯斗が出てきた時はすごいびっくりした。
その時ちょうど雰囲気出すためにって買ってきたポップコーン食べてたんだけど…
喉につまらせちゃったもん。
「出てきた時びっくりしたな~。
てかさ、……あ。」
「うんうん。…ん?栞?」
「莉奈、ちょっ!後ろ向かないで…」
あたしが後ろを向こうとした途端、栞に止められた。
「え、どうしたの?」
「莉奈は、さ…」
「…う、うん。」
「莉奈は、まだ颯斗くんのこと好き?会いたい?莉奈って言って颯斗くんに抱きしめてもらいたい?」
…当たり前じゃん。
でも、
でもあたしと颯斗の住む世界は違うの。
神様、ごめんなさい。
今だけ嘘をつかせてください…
「好き、だよ。でも、会いたいとは思わないし、抱きしめてもらいたいとも思わない。」
「……そっか。
じゃあは、今日は学校サボろ!!
あ、あと、お昼からどこかでイベントあるみたいだから…それに行こっ!」
「…え、?」
「いいでしょ?」
「う、うん。」
あたしは栞が何を考えてるかというのも考えずに、うんと返事をしてしまった。
今日が何の日かというのも、考えずに。
栞に手を引かれるまま歩き続けて、1つの大きいショッピングモールに連れてこられた。
途中で電車にも乗ったりしたから、結構遠いところまで来てる。
「んー、まだお昼まで時間あるし、遊ぼっか!」
「え?あ、うん、」
栞の考えてることが読めない…
今日、何かのイベントがここであるんだよね?
んー、イベント……
栞が言うイベントと言えば、……princeのことしか思いつかない。
………
「あ、もうそろそろだ!行くよ、莉奈。」
あれから3時間ほど、栞と楽しみながら時間を潰した。
また、あたしの手を引っ張っていく栞。
栞に手をひかれるまま歩いていくと、ちょっとした広場みたいなところに、たくさんの人だかりが出来てる。
「あー、始まる10分前に来たあたしが馬鹿だった…」
「ねえ、栞」
「ん?」
栞にここまで連れてこられて、人だかりが出来てるとこまでに来る時にね…
あたし見ちゃったの、
【神崎颯斗のバレンタインフェア♪ 】
という文字と共に、笑顔で写る王子様の顔をした颯斗のポスターを。
「どうして…っ」
『皆さんこんにちは〜!』
〝 どうしてここに連れてきたの? 〟
そう聞きたかったのに、颯斗の声に遮られてしまった。
「さっき、学校の前でね…颯斗くんが学校に入るとこが見えたの。
それで、今日このイベントがあったこと思い出して…
まだ莉奈が颯斗くんのことが大好きなら連れてこようと思ったの。
莉奈やっぱりまだ颯斗くんのこと…っ」
“大好きでしょ”
栞はそう言いたいんだよね?
栞がそこまで考えてくれてるなんて、思ってもみなかった。
「勝手なことして、ごめんね。」
「ううん、いいの。」
今、颯斗は…王子様の颯斗だけど、あたしと同じ空間にいて、喋ってる。
颯斗の声を聞けてる。
テレビの前で颯斗を見たって、遠い存在だって実感することしかなかった。
でもね?
今はこんなにも近くにいる。
たくさんの人の前だし、あたしだけの颯斗なんかじゃないけど…
こんなに近くで颯斗の声が聞けてる。
だから逆にね?
「栞、ありがとう。」
栞に感謝してるよ。
『皆さん、今日はお忙しい中、このイベントに来て下さりありがとうございます。』
颯斗が皆に笑顔で言って、お辞儀している。
あたしの場所からは少し遠くて、実物の颯斗を見ることは出来てないけど、上の大きなテレビに映ってるから見える。
それから、抽選で当たった人が颯斗にバレンタインのチョコをあげて、颯斗が色々話したりして、もうイベントは最後の方になった。
すると、多分朝のテレビ番組で放送されるような、報道者の人達からの質問をされるようになった。
あたしは途中から疲れちゃって、広場の少し隣にあるベンチに座っている。
栞は少しずつ前に行って、颯斗が見える場所でキャーキャー言ってる。
何か、ジュースでも買おっかな…
そう思ってベンチを立った時、びっくりするような報道者さんの声が耳に入った。
『この間の熱愛報道は事実なんですか?その方からバレンタインのチョコは貰われましたか?』
別れちゃったんだもん。
あげるわけないじゃん…
作ってはいるんだけどね。
パパに作ったついでに、颯斗にも作ったの。
あくまでも、“ついで”だから…
『その質問についてはお答えできかねます。』
近くにいた颯斗のマネージャーの坂口さんがすかさず止めに入る。
でも、颯斗は坂口さんの言葉を遮って、話し始めた。
『貰ってませんよ。あの報道は事実です。初めて僕が幸せにしたいって心の底から思った人なんです。』
『おいっ、颯斗…』
坂口さんが止めに入るけど、颯斗は気にせずに話し続ける。