「どうかしたのか?」
「…あ、いやそのっ…屋上は、ダメなの。ほら、あそこの階段の裏に行こうよ!あそこなら誰も通らないし…」
「ん、あ…そうだな。そこで話そうか。」
颯斗とのいつもの場所である屋上には、なんだか仁とは行きたくなかった。
ここは1階で、階段の裏に来る人は滅多にいない。
滅多にというか、もう0に近いほどいない。
そうしてすぐ近くの階段の裏に行って、薄暗い所で…仁は口を開いた。
「…なんて言ったらいいんだろうな。その…ごめんな。ごめんって簡単な一言では済ませるようなことじゃないってのは分かってる。」
そう仁に言われて、初めて仁の顔をしっかりと見ることが出来た。
悲しくて辛そうな目をして、あたしの目をしっかりと見てる。
「莉奈が、俺のせいでどれだけ傷ついて、どれだけ辛い思いをさせたのか、潤也から全部聞いた。潤也が知らない所でもっと苦しんでたのかもしれない。本当にごめん。」
待って…これはどういう状況なの?
どうして仁が、今あたしに謝っていて、こんなことを言ってるのか…全然分からない。
「今さら迎えに来た、なんて遅いのは分かってる。莉奈がもう俺のことを忘れて、前に進んでるのも聞いてる。」
なんでそんなに泣きそうになりながら仁が話してるのか、ほんとに意味が分からない。
「今、俺がどれだけ説明したって…どれだけ謝ったって…莉奈の痛みが消えるわけじゃない。それに、莉奈だってそれだけじゃ俺を許せないよな?」
「…仁、さっきから…何言ってるの?」
久しぶりに仁の名前を口にした。
「…こんなこと、今さら言ったって言い訳に聞こえるかもしれない。でも、それでも…莉奈にちゃんと聞いて欲しいと思って、また会いに来たんだ。聞いてくれるか?」
今、仁が何のことを言っていて、これから何を話そうとしてるのか全く分からない。
正直言って、聞くのは怖い…
でも、いつもカッコ良くてクールなくせに、話してみるとふざけたり気さくでいつも笑顔で。
勉強も出来れば運動も出来て、性格も良くて、何をしても完璧でカッコ良かった仁。
そんな仁が、泣きそうな顔をして、少し悲しそうな目をしている。
そんな仁の姿を見て、話を聞かないっていう方がおかしいと思う。
「うん…っ。聞くよ。」
どんな話だとしても、ちゃんと最後まで聞いて受け止めるから。
「うん…っ。聞くよ。」
あんなにひどいことをしたっていうのに、俺の目を見てしっかりと笑顔を向けてくれた莉奈。
俺は、この笑顔を離してしまったことを今でも後悔している。
………1年9ヶ月前の、俺が中学2年生だったバレンタインデーの日。
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✉莉奈
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今日はバレンタインデーだね!
会えないけど、仁に作ったの♡
写真だけど我慢してね?(笑)
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莉奈からのメールには文章と共に俺の好きなガトーショコラの写真が添付してある。
莉奈らしい可愛いピンクの袋で包まれてる。
美味いんだろうな…
付き合い始めた時から、記念日には毎回お菓子なんかを作ってプレゼントしてくれている。
でも、ガトーショコラを記念日に作ったことはなく、バレンタインデーだけの特別なものらしい。
「…はぁ……」
2日前の俺だったら、一緒にモデルの仕事をやってる人達に自慢していたと思う。
今だってものすごく嬉しいんだからな?
…だけど、昨日聞かされたことを思い出すと喜んでなんていられない。
〝 今日から仁のガールフレンドはAKARIだから。〟
社長から突然事務所に呼び出されて何かと思えば、まだ少しカタコトな日本語でそう言われた。
事務所の社長室には、俺と一緒に日本からアメリカに来た2歳年上のAKARIがいた。
いきなり社長からそんなこと言われて、俺が「はい」と言うわけがない。
莉奈が好きで大好きで、あと半年も経てば莉奈とまた会えるんだってそう思って頑張ってきたんだ。
でも…それを打ち砕くように社長は俺に言った。
「仁、今のガールフレンドとはちゃんとお別れをするんだよ。」
そう俺に…しっかりと言った。
後からマネージャーから聞いた話によると、俺は事務所の為に使われたらしい。
AKARIと交際しているという報道が出ることによって、俺らは事務所が同じだから、事務所に注目がいく。
そして、俺とAKARIの話題作りの為でもあったらしい。
最近、仕事が減ってきているAKARIのためにも力になってほしいんだ、とマネージャーにも言われた。
そして、俺の1番の夢である…世界でトップレベルの人しか出ることが出来ないファッションショーに出れることになったんだ。…だが、AKARIとの交際を認めないと白紙になる。とも言われた。
ほぼ強引なやり方なのは俺でも分かってる。
でも、ずっと夢であったファッションショーに出れるというのが嬉しすぎたあまりに…周りが見えてなかった。
そして「認めます。」と言ってしまった。
…莉奈の無邪気な、可愛い笑顔が頭に浮かんできて、罪悪感のようなものに心が支配される。
それか2ヶ月が経ち、中学3年生に進級する日になった……
莉奈に会って直接話してしまうと、全てを話してしまいそうで怖かった。
だから、潤也に会って…潤也にさえも嘘をついてしまった。
…殴られて仕方ない。
何を言われても仕方ないんだ。
そう思いながら、頭の中で必死に潤也に謝り続けていた。
そして、社長とマネージャーと一緒にAKARIとのことをブログに書いた。
…これを見て、莉奈はどう思うんだろう。
このブログのことは日本やアメリカや色んなところで報道され、たくさんの人から祝福された。
たくさんの人に祝福をされたって、何も嬉しくなかった。
AKARIとも付き合っている雰囲気を出さなければいけなかったけど、そんなこと考えることも出来なかった。
AKARIは前から俺に何回も告白してきていた。
アメリカに来て告白されることはものすごく多くなった。
…でも、みんな俺のこの容姿しか見てくれていない。
莉奈は…莉奈は…
ずっとそればかり考えてた。
そして帰るはずだった2年記念日の日。
俺はもう遅いだろうけど、莉奈や潤也や水野に本当のことを伝えに日本に戻りたかった。
でも、そんな時に限って…映画の主演が決まった。
日本に帰ることもあったけど、莉奈に会わせないようにしているかのように仕事が詰め込んであった。
アメリカに帰れば、AKARIから追われて…
追われて2週間に1回だけご飯を食べると決めれば…すぐに、1度ご飯を一緒にしただけで週刊誌に撮られた。
そんな生活に疲れて、もうモデルの仕事を辞めようかと考えたこともある。
でも、やっぱり俺にはモデルしかなくて。
モデルをしている時だけいつもの自分でいられて、何も余計なことを考えずに純粋な気持ちでいられた。