「魔王ダークマ?」
 俺の反問にハクジャは首肯する。ダークマはというと、お決まりの如く、
「様をつけろと言ったはずだぞ。下等生物!」
 と叫んでいた。しかし、何かを思い出したかのように目を見開いたダークマは、
「いや、待てよ。先程からの貴様の腹が立つ言動、何となく覚えが……」
 と悩みはじめる。どうやらこいつ、ただ扱いづらい性格だけではなく、自分の世界に入りこんでしまう性格らしい。
 いや、ピヨがお前を知らないのなら、俺も知らないに決まっているだろ。とはもう突っこまず、ダークマが核心に至るまで待つことにした。代わりに俺はハクジャへ話の続きを求めるように視線を向ける。するとハクジャは淡々と語りはじめた。
「人間の書物に興味深いものを見つけた。異世界転生ものというやつでな。もしやと思って、ちょいとダークマとやらの言動を観察したのだ。すると、その言動が異世界の魔王に近いと気づいた」
「えっ、それってつまり?」
 思えば、ダークマの話には妙な点があった。それが「この世界で」という言葉だ。それと妙な専門用語も繰り返していたし。確か、魔力とか使い魔とかパーティメンバーだとか。その専門用語って、ダークマがいた世界の言葉ということか?
 すると今度はダークマが咳払いをしてから前に進み出る。
「いかにも! 言ってなかったか? このダークマ様は魔王だ。いや、転生を繰り返し、あらゆる世界の魔王を繰り返しているというべきか。そして、そこにいるウィルも同じ。転生を繰り返している勇者で、ことごとくこのダークマ様の野望を阻止した者」
「ええっ!」
「ピピヨッピー!」
「ところで、勇者とか魔王って何?」
「ピヨピー?」
 驚いた声を出したピヨに質問したら首を傾げられた。ピヨの奴、その場の雰囲気を感じ取って鳴いただけだな。俺もそうなんだけど。
 そんな俺たち相手にダークマは頭を抱える。ダークマの中で俺たちは完全に下等生物扱いになったらしい。そんな対応を見てか、代わりにハクジャが口を開いた。
「異世界の悪の頂点に立つ者が魔王といえば、簡単な説明になるのかな。それに対抗するのが勇者だ」
「……ということは、ピヨは正義の味方で、すごい奴ってことか?」
 驚きはしたが、ピヨが勇者だといわれてみれば、何となく心当たりはある。
 ひとつは、ただのヒヨコとは思えないピヨのチート設定。そして、成鳥にならないこと。必殺技の数々や騒動を引き寄せる性質とか、その他もろもろ。
「悪の頂点とは心外だな。このダークマ様は、世界の均衡を整えるために愚かな人類全てを滅ぼそうとする者だ。そして、正しき想いを持って頂点に立ち、世界に秩序をもたらそうとする者。そのため、決して悪ではない」
 誇らしげに胸を反らして語る、ダークマを見てわかった。やっぱりこいつ魔王だわ。滅ぼすというセリフに何の迷いもないようだし。
 いや、ちょっと待てよ。とある神話の神様って、人類を滅ぼしたことがあるんじゃなかったっけ。それが正しいというのであれば、勇者のピヨがやってきたことは正義じゃないのか? 何だか、訳がわからなくなってきた。
 しかし、そこで俺は、ある重要なことに気づいた。
「あのさ……お前の目的は愚かな人類を滅ぼすことなんだろ? じゃあ、何でピヨを追いかけてきたんだ? ピヨは人間じゃないだろ。しかも、記憶を失っているし。愚かな人間を滅ぼすのなら、ひとりで勝手にやってたらよかったのに」
 俺の発言でダークマだけでなく皆が黙った。そんな反応を見て俺が出した結論は――。
「あのさ。もしかしてお前って、かまってちゃん?」
 その途端だった。ダークマが「貴様あああっ!」と、声を荒げて叫ぶ。
 ついでにハクジャに「思ったことをはっきり言っちゃいかん!」と制された。
「だってさ。餌をくれなかったり、優しくしてくれない人間に、俺もピヨも関心ないもん。人類が滅びるとか、そんなスケールが大きいことも想像できないし。それなのにこいつは、俺たちを勝手に敵視して勝手に粘着してる。だったら、かまってちゃんだろ。嫌いなら無視したらいいんだし。好きなこと勝手にしたらいいわけだし」
 そこまで言って気づいた。あれっ、もしかしてダークマ……すこし泣いてる? 俺、悪いこと言ったか?
 ダークマは天を仰ぎ見ながら、何かを抑えているようだ。それがどんな感情かは、知りたくもないし興味もないけど。そして、何かを思い出したかのように俺を睨みつけた。
「思い出したぞ。貴様の気に障る言葉の数々……勇者の傍らに必ずいたパーティのひとりか。まさか、貴様まで『転生』していたとは」
「何を説明しているのかよくわからないけど……貴様まで『天才』していたとはって、褒めてくれるのか、ありがとう!」
「天才ではなく転生だっ! お前のそういうところが気に入らんのだ!」
 ダークマは俺の何が気に入らないんだ? もう理解不能だ。
 どうやら、俺とダークマは相性が最悪らしい。何を話しても通じない気がする。
「話は終わったか? それではこちらからいくぞ!」
 すると、もう待ちきれないといった様子でクロが声を震わせながら言っていた。
 暴力反対と思って一歩さがると、俺とピヨの前に美姫が立ち塞がる。親父も臨戦態勢だ。それとカラスの奥さまとピヨも。喧嘩する気がないのは、俺と虎ノ介とハクジャか。
「そういえば、クロくんもストーカーだってボロス言ったよね。だから、クロくんもダークマくんも仲がいいんだね」
 虎ノ介の発言で、皆の動きが一瞬だけとまった。しかし、そのとまった理由を俺は知っている。俺が敢えて言わなかった「ストーカー二匹の仲がいい」ということ。この二匹の痛点を虎ノ介は言葉で突いたのだ。しかも他意なく、天然口調で。
「ぶっ殺す!」
 こめかみに青筋をたてながら、クロが突進してくる。クロ得意の全体重をのせた体当たりだ。しかも、
「ボロス。男と男の一対一の対決だ! ババアに手出しはさせないよなあ!」
 嫌味ったらしい言葉のおまけつきだった。こうなると美姫も対応しにくいだろうと思って、俺はクロとの直接対決を覚悟する。
 はたして俺の猫パンチでクロを倒せることができるのか? まずは、クロの突進をかわして、それから――。と、戦法を考えていると、黄金色の風が動いた。
 俺が「あっ!」と声を出した時には、クロの左顔面がへこんでいた。その後のクロの軌道を視認するのは不可能だった。何故なら、それだけはやくクロが吹き飛んだからだ。
 俺の目がクロに追いつくと、そこには鳥小屋のトタン壁に突っこんでいるクロがいた。
 美姫の右手から煙のようなものが出ている。……って、このシチュエーション、前にも見た気がするのですが!
「私はババアじゃないからね。だから手出しはしてもいいさね?」
 美姫の額には青筋が浮かんでいる。そう、クロは美姫へのNGワードを無意識のうちに言い放ち、逆鱗に触れたのだ。
 クロが戦闘不能になったのを見てか、ヤミとスミには迷いが生じたようで、俺たちに向かってくることはせず、怯えた様子で後退した。
 更に、鳥小屋に侵入したダークマやクロたちを敵認定したのだろう。ニワトリたちが騒ぎはじめる。猫である俺には鳥語はわからないが、ダークマには聞こえているはずだ。
 けれど、騒ぎの状態で何となくわかる。内容は全てダークマを批判するものだろう。そして、ダークマのつぶらな瞳が潤みはじめた。
「なんでお前らばっかり幸せそうなんだ。ウィル、お前とわしはライバルで。そんな奴じゃなかったはずだー。わしのことを忘れているなんて、酷いじゃないかあー。絶対に絶対に、次こそ目に物見せてやるからなー」
 クロたちの戦意が喪失したからか、あるいは俺たち全員に睨まれたからなのか。羽根をばたつかせながら叫んだダークマは、再戦を誓いつつ鳥小屋を飛び出していってしまう。
「ピヨには記憶がなくて、ライバルだと思ってないっていうのに」 
 そして、その場に置き去りにされた俺たちは、唖然とするしかないのだった。