人間がいう、猫の語源は「寝」からきていると聞くが、俺はどちらかというと他の猫より行動派である。
 俺は日が高くなったのを見て、女子高の前にきていた。校門は閉まっているが、鉄柵でできているため、俺たち猫は簡単に出入りすることができる。
 ただし、この時間帯は生徒がうろうろしているので、見つかって追い出される可能性が高い。前なんて体育教師に追いかけられて大変だった。そのため、得意の忍び足を遣う。
 そんな危険を冒してまで何故、女子高にきたのか。それは女子高生に甘えたいとかいう下心があるからではない。この女子高には俺を飼い猫のように優しく扱ってくれる子がいる。俺は、その子が昼食を食べるポイントに向かっているのだ。
「あっ、チョビ」
 角を曲がろうとすると、声をかけられた。声の主が俺を飼い猫のように優しく扱ってくれる子、高校二年生の愛奈である。この子には名前をチョビとつけられている。
 いつも愛奈は、自転車置き場の近くにあるベンチで、ひとりで食事をしているのだが、その理由を俺は知らない。餌をもらえるから、俺はそのほうがいいんだけどな。
「チョビ、いつもの場所で食べるから、こっちにおいで」
 愛奈に手招きをされたので、俺は「にゃおん」と答えてついていく。その途中で、
「あれ? 背中にいるのって……ええっ! なんでヒヨコ背負ってるの? かわいい」
 愛奈に早速、ピヨを見つけられた。愛奈は、ピヨをそっと両手で持ち上げると優しく胸に抱く。
 ――あれっ、そこは俺の特等席のはずなんだけど。なんで、お前が抱かれるんだ? しかも、ピヨの奴、やけにおとなしいし。つつくんじゃないの? どうしてつつかないんだ?
 ピヨがちらりと俺のほうを見る。勝ち誇った目に見えたのは俺の気のせいだろうか。
 いやいや、決して嫉妬しているわけじゃないぞ! 前にも言ったが、俺は下心があってここにきているんじゃないんだ。けど、なんか腑に落ちないというか。なんというか。
「けど、なんでチョビは食べないの? わかった。チョビは優しい猫さんなんだね」
 愛奈が優しく俺の頭を撫でてくれた。すこし愛奈の考えに誤解があるみたいだけど、抱かれなかったのも、すごく複雑な気持ちなんだけど。撫でてもらったので、今は良しとしておこう。
「今日は、チョビのためにタマゴ焼きを持ってきたんだけど……ヒヨコがいるのに変な感じだね。ヒヨコは確か、生野菜や果物が平気だったはず」
 小さく切ったイチゴを渡されたピヨは、それをつつきはじめた。俺ももらったタマゴ焼きを食べる。朝にタマゴかけおかかご飯を食べるはずだったのになあ。
 そう思いながら、ピヨを見ると睨みつけられた。いや、これも俺の気のせいか?
 そこで俺は気づいた。そうか、ピヨの瞳からは感情がまるで読みとれないのだ。
 ――ということは、どうしたらいいんだ? どうやってぱくりと食べるスキを見つけたらいいのよ?
 難題に悩みかけるが、猫の悩みは口の中にあるタマゴ焼きを咀嚼することで、解消されたりするのである。
「美味しい? しらすが入ってるんだよ」
 愛奈の愛情たっぷりのタマゴ焼きに、俺は「にゃおん」と返事をする。ピヨもイチゴを食べてご満悦のようだ。なんか、こうしているとピヨはニワトリにして食べたほうがいいかもなと思えてくる。
 じっくりとタマゴ焼きを味わった俺は一息吐く。その時だ。数人の足音を俺の耳が捉えていた。音の根源を見ると、三人の女子高生がこちらに向かって歩いてくる。それを見た愛奈が、慌てた仕草で弁当箱を片付けはじめた。
「ごめんねチョビ、今日はこれで――」
 しかし、走り寄ってきたひとりが愛奈の腕を強引につかむ。
「おい愛奈、学校に猫を入れちゃいけないってことはわかってるよなあ?」
「きったねえ猫。あんたにそっくりじゃん。ペットは飼い主に似るってほんとだな」
「黙っててやるから、ノートを渡しな」
 いつの間にか俺たちは三人の女子高生に詰め寄られていた。猫の俺でもすぐにわかった。これは、いじめというやつじゃなかろうか。
「ノートって言われても……勉強は自分でするものだから」
「でたっ、馬鹿真面目! けど、猫を入れている時点で、あんたは終わってるんだよ。変な言い訳せずに渡しな」
「変な言い訳って、だって、勉強を自分でするのは当り前のことじゃ……痛い!」
 真ん中にいる女子高生が嫌がる愛奈の腕を更に強くつかんで引く。猫の俺ではどうしようもできない。どちらが正しいのかだってわからない。その時だ。
「あっ……」
 俺は思わず声を出す。多分、人間には猫の鳴き声にしか聞こえないのだろうけど。
 俺が声をあげた理由。それは、愛奈をいじめる親玉の頭の上にいるピヨが見えたからだった。