俺に声をかけてきたのは隣町のボス猫のクロだ。百戦錬磨と自負しているだけあって威風堂々としている。こいつの登場だけで怖がって、隠れてしまう奴の姿も見えた。
 しかし、俺は違う。どんな時でも話だけなら受けて立つ。
「祭りの縁日で拾ったんだ。本当は焼いてくださいって、焼き鳥屋のおっちゃんに頼んだんだけど」
「嘘つけっ! 祭りで売られるヒヨコは、ピンクやブルーの派手な色って決まってる!」
「えっ、それってイチゴ味とかブルーハワイ味とかするの? もぐもぐ……」
「食いながら答えんじゃねえ!」
 どんな時でも話『だけ』なら受けて立つ俺である。『だけ』は重要なので、念のための追加説明で。
「クロさん、お前の物は俺の物っていう考えかたをしていると、じきに猫型ロボットの秘密道具でこらしめられますぜ」
 俺の連続すっとぼけにクロは嫌気がさしたのか、ピヨを睨みつける。見つめられたピヨは首を傾げると、一回だけ「ピヨ」と鳴いた。
 さすがにカギもピヨが玩具じゃないと疑いはじめたのか、成り行きを見守っている。
 これはまずい。なんとかしてピヨが玩具だということにしないと、ピヨ争奪戦がはじまりそうな勢いだ。せっかく、苦労してとってきた餌だ。取られるのは避けたい。
「だからさ、ネジ巻いたら動く玩具だって」
「相変わらず嘘が下手だな。俺の目は節穴じゃないぞ。それにネジはどこにあるんだ?」
 ああ言えば、こう言うのがクロだ。どうやら引きさがってはくれないらしい。こいつは困った。クロは既に戦闘態勢なので、争いは避けられそうにない。
「前から、貴様のその態度が気に入らなかったんだよ。その性格、俺が叩き直してやる!」
 クロが巨体を生かして突撃してくる。やばいと思ってはいるものの体が動かなかった。体当たりされて、後ろに二、三回転する。
 仰向けになっていた俺に容赦なくクロが圧しかかってきた。こうなると、クロのほうが体重は重いので動けない。
「ギブアップ、ギブアップ!」
「じゃあ、あのヒヨコは俺の物でいいな」
 めちゃくちゃな理屈づけをしたクロは、勝ち誇ったかのように鼻を鳴らす。その時だ。
「あっ……」
 俺の視界に、クロの頭の上に立つピヨの姿が入った。そして、既にクロの頭の上で攻撃態勢に入っている。
「今更そんな絶望的な顔をしたって、おせーよ」
 クロがそう言うが違う。俺はクロの身に何が起きるのか想像していた。
 絶望的なのは、俺じゃなくて、お前の頭……。
 と、言う間もなく、ピヨのくちばしがクロの脳天めがけて振りおろされた。俺の時の「ドスズプリ」とは違い、「サクッ」という軽い音がする。
 瞬間、クロは白目をむいてスローモーションのように倒れた。ピヨはというと、奇麗に着地して、素敵なテレマーク姿勢を決める。
 息をしてないんじゃないだろうかと不安になって倒れたクロを見ると気絶しただけのようだ。しかし、くちばしのひと突きだけで気絶させるなんて、ピヨは秘功でも突いたのだろうか?
 取り敢えず、ピヨのお蔭で難を逃れることができた俺は立ちあがる。
「いてて……背中、擦りむけたかも」
 静観を決めていたカギに目を向けると、一歩だけ後ずさりした。他の奴らに目を向けても同じような反応をする。
 ――あれ? みんなの反応がおかしいぞ。どういうことだ?
「あのさ……俺は、食べたいとは思わないよ。それと攻撃もしないから安心してくれ」
 カギの声が震えている。そして、何故か俺じゃなくてピヨに向かって話をしてるし。ピヨは玩具って説明したのに、変な話をする奴だな。ピヨはというと、何事もなかったかのように俺の頭の上に乗った。
「じゃあ、俺は家に帰るよ」
 そういうと、何故か仲間たちが俺たちに道を譲る。いつもは、こんな感じじゃないのに、妙な感じだ。
「おつかれさんでした」「明日のおこしも、お待ちしております」
 そんな、妙な挨拶を背に場を後にした。
「けど……ざまあみろではあったかもな。マグロも美味かったし、今日はご機嫌だ」
 心配しなくても、クロなら一時間もあれば目を覚ますはずだ。
 かまぼこを食べることができたピヨも満足だったのだろう。答えるかのように俺の頭の上で「ピヨッピ」と鳴いていた。