前にはヤミとスミ、後ろにはクロ。どちらを相手にしたほうが無難だろうか。
 いや、どちらかを撃退しても前門の虎、後門の狼状態だ。俺は逃げることができても、じいさんの遅い足では逃げ切れる気がしない。
 かといって、橋から飛び降りたとしても下は川だ。俺たち猫は程度高いところから落ちても平気だが、着地点が川だと溺れかねない。
「仕方ない……ここは何とか話し合いをして許してもらおう」
 俺がそういった途端、ピヨが俺の背中から降りた。奇麗に着地すると、羽根をばたつかせてから、三匹を睨みつける。
 ――おおいっ、こっちの気持ちも知らないで臨戦態勢かよっ!
「ピヨくんは話し合いをしても無理だと判断したようだね。ならば、わしも後輩のために、ひと一肌脱ぐかね」
 そうだ。じいさんのいう通り、ピヨの判断はあたっている。きっと俺がクロたちに許してもらおうとしても、奴らはだったらピヨを食わせろと言ってくるだろう。それをピヨはわかっているのだ。
「どうやら、二匹とも覚悟を決めたようだな」
 クロが得意そうに鼻息を出しながら言う。しかし、ここで俺は妙な点が引っかかった。
 今、クロが言った二匹ともって、どういうことだ? ここにいるのは俺とピヨとじいさんで、三匹だろう。クロの奴、ピヨの必殺技サクッの後遺症がまだ残っているのか?
「悪く思うなよ。自然界とは残酷なものだ。ということで、弱そうなほうを先に潰す。覚悟しろ、ボロス!」
 掛け声とともに、クロとヤミとスミが俺に一斉に向かってきていた。
「ちょっ……弱い者いじめ反対!」
 確かにピヨはクロを倒したことがある。強さは大将のクロが一番知っているだろう。しかし、まさか三匹一斉攻撃とは、これは想定外だ。
 その時だ。じいさんが俺と三匹の間に割って入るように立っていた。
「やれやれ……三匹で一匹相手に本気とは情けない奴らだな。そんな君たちにわしが気合いを入れてやろう。闘魂注入!」
 じいさんの猫パンチが、全く避けようともしないヤミの頬に、もろに炸裂していた。
「ぷぺっ!」
 そして、その瞬間。ヤミはまるで弾丸のような勢いで宙を飛んでいた。ヤミは仲間のスミの頭上を越えると十メートルほど飛び、軌道上にあった布製の看板に突き刺さる。
 そして、カウントを数える必要もなく、尾を真っ直ぐに伸ばして痙攣したかと思うと、泡を吹いて気絶していた。
 ――闘魂注入って……注入どころか、魂飛びかけている感じなのですがっ!
 看板にある「飛び込みするなかれ」という注意書きが、気になったのは俺だけだろうか。
「いや、すまん……どうにもこの体だと力の加減がわからなくてな」
 じいさんのテヘペロの仕草は見たくなかった。ヤミが吹き飛んだことで、クロやスミ、そしてピヨまで、口を開けたまま動かない。俺だってじいさんが、ここまで強かったとは予想していなかった。これは、もしかしたらクロたちに勝てるかもしれない。
「ボロス! お前、ヤミに何をした」
 距離を取ったクロが俺に向かって怒りをぶつけてくる。しかし、このクロの叫びは妙だ。
「はあ? 俺は何もしてないぞ。ここにいるじいさんがやったんだろうが。見てなかったのかよ」
「じいさんって何だ。おかしなことを言うな」
 クロから返ってきたのは、またも理解できない質問と強要だ。その時だ。
「俺の引っ掻き攻撃をくらえ、ヒヨコ野郎」
 そんな俺とクロの言い合いを他所に、いつの間にかスミが接近し、ピヨに攻撃を繰り出していた。どうやら、ピヨが口を開けたまま呆然としている、その隙を狙ったらしい。しかし、俺は知っている。ピヨの目は心理を読み取るのが難しい。故に、隙を狙うというのは、ほぼ無理っ!
「ピヨッピヨッピヨッピヨッピヨッピヨッ!」
 そう思った時には、ピヨの六連コンボが決まり、
「指球も掌球も手根球がやられたあ……」
 過去の俺を見ているかのような、スミの悲劇に見舞われた姿だった。
 戦闘不能に陥っていないのは、大将のクロのみ。大将というメンツがあるので、このまま逃げる訳にもいかないだろう。よし、ここはじいさんかピヨに任せて――と思ったら、じいさんが両手を合わせて頭を下げる。
「すまんな。ボロスくん。ちょいと力を遣いすぎたようなので、後は頼む」
「ピヨッピピピヨッピー」
「ピヨくんも、締めは君に頼んだよ。だそうだ」
 こういう時にピヨ語の訳って助かるな――って、残すならスミにしてくれよ。奴相手には、俺もすこしくらいは勝機があるんだから。
 二人の言葉を汲んだかのように、クロが俺に向かってくる。こうなったら一か八かだ。俺、ここで男を見せろ。今世紀最高のクロ対抗の必殺技。
「ごめんなさい!」
 こういう時には謝るのが一番だ。と思ったら、クロは勢い余って俺を飛び越え、橋の欄干をすり抜けて落ちた。いや、落ちる寸前で橋の縁をつかみ、落ちずにもがいている。
 こういう時はどうしたらいいんだ。そんな疑問が浮かぶ前に俺はクロのところに駆け寄り、クロの手をつかんでいた。