さて、ピヨの世話をしてもらった手前、じいさんの頼みを聞くことになったのだが、川向こうに行くには橋を渡らなければいけないわけで。
 行先はクロたちと喧嘩した場所からは逆方向だ。しかし、雨がやんだためクロたちと出会う可能性はある。その時、このじいさんを連れて俺は逃げきれる自信がない。
「じいさん、足ははやいほうか?」
「うん? ああ、あの黒猫どもに追いかけられているんだったな。大丈夫だ。見つかったとしても、わしは奴らには負けんからな」
 俺の問いに、じいさんは何とも自信あり気な言葉を返してきた。
 負けんって、クロが隣町のボスだと知っているのだろうか。一応、クロはピヨにやられるまでは百戦錬磨だったんだけど。逆に答えられて不安になってきたぞ。
「ピヨピピヨピピ」
「心配には及ばんよ。ピヨくんも、大丈夫、僕もついているからと言っているし」
 ピヨとじいさんの自信の根拠が俺には見つからないのですが。しかし、ピヨが俄然張り切っているしな……信じることにする。
「わかった。けどだ。見つかったとしたら俺は全力で逃げるぞと言っておく」
「ピピヨピッピピー」
「ふむ、そういうことか。なかなかに彼も複雑な心理をお持ちのようだな」
 ピヨがじいさんに何か話しているのですが。そして、取り残されたような気持ちになるのですが。ピヨは何て言ったんだ? じいさんの答えも意味深で気になって仕方がない。
 ピヨは俺がピヨ語を解読できないのをいいことに、じいさんにいろいろと話しているらしい。俺は紳士なんだ。グルメで、繊細さんで、行動派の平和主義者なのだ。その俺の猫像を誤解されるような話を、ピヨはしているんじゃないのか?
 そんな俺の不安をよそに、じいさんは西の空を見る。
「では、日が落ちないうちに向かうとしようか。夕食なら安心してくれ。わしが知っているいい餌場がある」
 じいさんのクロに対する自信には不安が残るが、夕食は期待できそうだ。
「じゃあ、一番はやく着くルートはあの橋を渡っていく方法だな。前に車道に間違えて入って、酷い目に遭ったことがある。だから、分岐されている人間用の道を行くぞ。ピヨ、俺の背中に乗れ」
 途中でクロに追いかけられると、また離れ離れになることも考えられる。それなので、ルートの確認をしてから、ピヨを背中に乗せて俺は歩きはじめた。
 そんな俺たちを見ながら、じいさんは微笑んでいる。
「ところでじいさん。なんでここまできたんだ? きたのなら、一匹でも戻れるだろう」
「ここまできたのは会いたい猫がいたんでね。もう会えたから満足だよ。しかし、一匹で戻りたくない理由があるんだね。切っ掛けがほしくて、その機会を待っていたんだ」
「そうなのか。その説明を聞いても抽象的すぎて俺には理解できないな。取り敢えず、切っ掛けは見つけて帰りたくなったという訳か」
 じいさんは首肯すると俺を見て笑う。橋に着くと、俺は人間用の道を指し示してから、橋を渡りはじめた。俺の頭の上にいるピヨは、橋の下にある川を興味深そうに見ている。
 お願いだから下を見過ぎて落ちないでくれよ。落ちて川にドボンといったら、俺でも助けられないからなとピヨに言おうとしたが、落ちると危ないというのは本能的に感じたようで、しっかり両爪で俺の毛をつかんでいる。
「ピヨくんは、カルガモたちが気になるようだね。日も傾いてきたから、そろそろ彼らも巣に戻る時間だろう。おなかもいっぱいになったみたいだからね」
 俺たちとカルガモたちの関係まで、じいさんは知っているのか。もしかしたら、じいさんは俺たちを観察していたのではないかとも思えてくる。
「そういえば、じいさんの名前を聞いてなったな。名前はなんていうんだ?」
「わしも野良だからね。名前は君と同じようにたくさんあるよ。ただ、仲間たちはボロスと呼んでいたな。驚いただろう。君と同じ名前さ」
 偶然会った、じいさんの名前がボロス。そして、前から俺たちを知っているかのような話。ピヨを見つけて助けたのは偶然か?
「じいさん、ちょっと気になったんだが質問していいか? じいさんは俺たちのこと――」
「ようやく見つけたぞ。ボロスとヒヨコ!」
 その時だ。俺の質問が途中で遮られた。声の主を見ると相手はヤミだ。隣にはスミもいる。では、クロはどこだ?
「橋だからな。挟み撃ちをされたら、お前の自慢の逃げ足も意味がないだろう」
 背後からクロの声が聞こえてきた。クロたちはずっと俺たちの行動を窺っていたのだ。
「今度こそ覚悟しろよ。どんなに鳴いても許さんからな」
 クロは舌なめずりをすると、ヤミとスミに目配せの合図をし、戦闘態勢になっていた。