「静子さん……ぼくは」
「いいの、蒼(あお)さん。解っている……あなたは呉服屋の大切な跡取りだもの。こんなしがない駄菓子屋の娘、つりあわないのは解っていたわ」
そう、解っていた。 最初から解っていたの。
3歳年上の彼は身綺麗な格好をしてとても上品で。おっとりとした優しさや雅やかな仕草に、育ちの良さを感じさせた。
たまたま雨降りの雨宿りに、と駆け込んできた彼。それから一年半……身分の違いのため、私たちは誰にも知られる事なくお付き合いをしていた。
けれど、私が高校を卒業して間もなく両親が亡くなり、駄菓子屋を継がねばいけなくなって。彼は大学を卒業し呉服屋の跡取りとして、女将となる妻を迎える必要に迫られた。
どれだけ恋しくても、親も身分もない私が彼のそばにいることは許されない。
それに、私は両親が大切に守り続けた子ども達の居場所である駄菓子屋を守りたかった。
だから、お別れするしかない。お互いに大切なものが違う以上、もう別の人生を歩むしかないのだから。
「さようなら……蒼、お幸せに……」
涙を見せないよう、精一杯の明るい笑顔で彼とお別れした。
もう二度と恋はできないだろう、という確信に近い予感を胸に根づかせながら。