「ああ、ただいま」
伊織さんは私を抱きしめると、そのままごく自然にキスをする。お迎えのキスと見送りのキスと。彼にとっては当たり前のようだけど、いつまで経っても慣れないし恥ずかしい。
「みどりは?」
「今はベビーサークルでご機嫌で遊んでますよ。歩けるようになるのも早いかも」
「そうか。きっとおれに似たんだな。これでも学生時代運動は得意だったから」
伊織さんに暗に私の運動神経が鈍いことを揶揄されて、むうっと膨れて見せた。
「すいませんね、どうせ私は50メートルを15秒でしか走れませんよ」
「ふ、そんなに拗ねるな」
噴き出した伊織さんに後ろから抱きしめられ、彼は頭にキスをしてくる。ご機嫌取りに忙しい彼にわからないよう、小さく笑う。
「いいえ、許しません! だから、罰として今夜はケーキを一緒に食べてもらいますからね」
ふふふ、と私は目論見が成功したことを内心喜んだ。
伊織さんは甘いものはダメでないけれど、甘酸っぱ過ぎるフルーツがダメなようで。
だから、フルーツたっぷりのタルトを作っておいたんです。伊織さんに食べさせるために。