「何を言う」
あれ? と不思議に思う。和室のたたきにいたはずの伊織さんの声がかなり近い、と感じて顔を上げれば。彼はいつの間にか私の目の前に。
しゅ、瞬間移動? あまりに素早すぎて、驚いている間に彼の腕の中に包まれた。
「おまえだとて綺麗だ。あまり自分を卑下するな」
「伊織さん……メガネが必要じゃないですか?」
いつもいつも思うけれど、いくらメイクが上達しようが、顔の元の造りは変えられない。今はうっすらメイクをしているけど、伊織さんはすっぴんでも遠慮なく「綺麗」だの「可愛い」だのを連発してくる。どこをどう見れば地味で平凡以下の私が綺麗に見えるのか。惚れた欲目とか、何かのフィルターが掛かっているとしか思えませんが。
「メガネなど要らない。両目はきっちり2.0だからな」
「え、そのお年でですか!?」
思わず失礼な発言をしてしまってごめんなさい。だけど、伊織さんはもう30代半ばですから。いろいろ心配なんです。
「こら、おれはまだまだ若いぞ」
「痛っ」
軽く額をデコピンされて、地味に痛いです。
「ごめんなさい」
「いや、許さない。罰としてお仕置きしないとな」
すっかり私を腕の中に閉じ込めた伊織さんは、めちゃくちゃ嬉しそうに見えます。こういう時は大概ろくなことにならない、と2年半の結婚生活で身に染みてる私は、何とかして彼から逃げようともがいてみたり。無駄な抵抗ってやつかもしれませんけど。