「碧」


え、と驚いて顔を上げた。だって、今はまだ午前中。その声を持つ人はお仕事の最中のはずなのに、なぜ声が聞こえるんだろう?


けれども、私の予想通りに。その人……伊織さんが目の前に立っていて。驚くやら、またかと呆れるやら。


「……伊織さん。お仕事はいいんですか? きっと葛西さんが角を生やしてますよ」

「もともとは副社長の仕事を押し付けられただけだからな。肝心な部分は出来上がったから、後は自力で仕上げさせるだけだ。ちょっと息抜きしたところで責められやしない」


伊織さんはそう言うと、たたきの板張りの部分に腰を下ろす。和室から聞こえる賑やかな笑い声に、目を細めて聞き入った。


「……みどりはどこでも可愛がって貰えてるようだな」

「はい。物怖じしない上に素直ないい子ですから。最近は好奇心旺盛で、今朝から降った初めての雪に興味津々な様子でしたよ」

「そうだろうな。おれも、ガキの頃はあれこれ興味を持っては大人を困らせた。みどりはそういったところもおれに似たんだな」


伊織さんがしみじみと感慨深そうに話す。大げさではないけれど、彼がとても喜んでいることがよく伝わってきた。


「そうですね……みどりは伊織さんによく似てます。顔なんかは特に。私と違って将来はとても美人さんになるでしょうね」