「空くん……」

「実を言うと、まだ好きだよ。十なん年の筋金入りだから、そう簡単には忘れられない。だけどもう、困らせることはしないよ。これからちゃんと周りに目を向けるから」


空くんは鼻の頭を指先で軽く掻くと、照れくさそうに笑う。


「この後……実はデートなんだ。高校の後輩だけど……初めての彼女。まだ気持ちが碧姉ちゃんにあると知ってて、それでもいいって言ってくれた。2年も一途に想い続けてくれた」

「そうなんだ……可愛い子なんだね」

「うん、俺にはもったいないくらい、すっげぇいい子。あんまりでしゃばらないけど、芯が強くてしっかりしててさ。自分も頑張ろうって思えるけど、たまに甘えさせてくれるような優しさもあるんだ」


嬉しそうに話す空くんは、頬が赤みがかってて。少なからず彼女を気に入ってることが解る。

「よかったね、すごくいい娘(こ)みたいで。きっとうまくいくよ」

「うん」


頷いた空くんは、ポンと私の肩を叩いた。


「俺も彼女を大切にしようと思うよ。だから、碧姉ちゃんも家族を大切にしてくれよ。碧姉ちゃんが家族を欲しがってたの知ってるから……今ままでで一番しあわせなのはわかってる。
俺がしあわせにしてやれなかったのは悔しいけど……
こういうのは縁とかタイミングとか。巡り合わせだもんな。
俺は、俺なりにしあわせになるから。碧姉ちゃんももっとしあわせになってくれよ」


ポンポンと肩を叩いた後、和室の引き戸を開いてそちらへ入っていく。


「お~みどりちゃんか。はじめましてだな!空兄ちゃんだよ」

「やだぁ、空兄ぃ。年齢的に“伯父さん”でしょう」

「だ、誰がオジサンだ。俺はまだ19だぞ!」


明るい笑い声が響いてくる。それは、空くんが吹っ切れた証のようで。


彼とは、人としてもう道が交わることがないのだなぁと。ちょっとだけ寂しく思った。


「空くん……ありがとう。……そして、さようなら」