洗面所に駆け込んだ私が落ち着いたころ、伊織さんが心配そうに顔を覗かせた。


「大丈夫か? 気分が悪いなら横になれ。薬は何を用意すればいい?」


伊織さんはずっと私を心配して外で待っていたみたいで。なんだか胸がほんわかとあたたかくなった。


薬は断り、口をゆすいでオレンジジュースを飲むと、だいぶさっぱりして落ち着いた。


「もう、寝よう。今日は何もしないが……明日病院に行くか? なんなら連れていってやるが」

「いえ……明日は仕事ですよね? 私だけで大丈夫ですから」

「いや、やはり心配だ。どれだけ重要な会議があろうが蹴って連れていってやる」


葛西さんがくるみさんに向ける溺愛を呆れてたのに……どうやら伊織さんはそれ以上に過保護なようです。


「駄目ですよ、葛西さんだって公私はきっちり分けているでしょう? 大丈夫、きっと病気じゃありませんから」


私がクスリと笑うと、伊織さんは不思議そうな顔で「なぜわかる?」と言ってましたけど。


洗面所に入って棚を見た私は、今月使ってないあるものを見てもしやと思った。


「……もしかすると、明日は嬉しい報告ができるかもしれませんよ」


私は伊織さんへむけて微笑むと、そっとお腹に手を当てる。





――ベビー用品が必要になったのは……藤色の花が満開になるころのお話。




(終わり)