「さ、ちゃんと伊織と碧ちゃんに土下座してくれる?」


葛西さんはあくまでにこやかな笑顔で爽やかにおっしゃってますが……。


周囲が凍りつきそうなほど冷たい空気を発してますよね?
しかも無言で謝罪しろや、ゴラ!?ってプレッシャーが半端ない。現にその矛先である男は真っ青な顔で震えてる。


「……正男(まさお)、お前。自分のしでかしたことを本当に解っているのか?」


低い低い声で伊織さんが目の前にいる男に詰問する。彼が腕を組んで難しい顔を向けているのは、以前おはる屋にも現れたことがある正男。伊織さんの甥の息子で、本来ならば桂家の嫡男である彼は、去年はまだ大学生だったはずだけど?


今、正男は濃いネイビーのスーツに身を固め髪も茶髪ではあるけどきちんとセットされていて、あのチャラチャラした様子はまったく窺えない。この数ヶ月で何が起きたんだろう?


「正男、おまえは桂グループの子会社に就職したはずだな? 祖父である正蔵の意向で、現場からやってみろと。今までの素行を咎めない代わりに、下積みで1から学んでこいと言われたはずだ。それなのにこんな大切なことを無責任に放置するならば私から父へ報告するまでだが、良いのか?」


伊織さんの話でだいたいの事情は察せた。以前から正男は伊織さんに何かと突っ掛かってたから、彼が困ればと伊織さんを名乗り取引先の女性に手を出したんだろう。スキャンダルでも起きればいいと考えて。


まさか、彼女が騒ぎ立てずその上子どもまで出来たなんて。完全に予想外だったに違いない。