私も今日育児書で知ったにわか知識だけど、どうやら伊織さんは私以上に妊娠出産について無知な様子。三十代になるのに……。
いつも通りにマイペース伊織さんに、緊張もとっくに緩んでます。
それでも、きちんと話をしなきゃと私はしまってあったメモを引き出しから取り出して伊織さんに渡した。再び緊張して震える手から渡ったメモを、訝しげな目で伊織さんが眺める。
「美里?」
眉間にシワを寄せた伊織さんは、しばらくメモを睨み付けて――フッと息を吐く。そして、「くだらないな」とメモをピンと指で弾いて捨てた。
「えっ?……ちょっ、このメモは大切なメッセージじゃないんですか?」
慌てて舞い落ちるメモを両手でキャッチすると、伊織さんはまた眉間にシワを寄せ不愉快さを隠そうともせずに言い放った。
「人違いだ。おれには美里という知り合いすら居ない。女性経験がないとは言わないが、いつも避妊は完全にしていたし、一度きりの相手ばかりだった。
それに、碧が言う妊娠期間が本当ならば、こいつはおれの子どもではあり得ない。最後に女としたのは5年前だからな」
「え、あずささんとは?」
去年あったあずささんとの密会疑惑。あれで精神的にダメージを受けたけど。伊織さんはなんだそれ? と言わんばかりの表情だった。
「確かにあずさと2人で会ったことはあるが、あくまでも友人としてだ。アイツは体がコチコチと言ってたからな。マッサージをしてやっただけだ」
「えっ……」
あまりにあっさりとあずささんと会ったことを認めた伊織さんは、何の後ろ暗さもないと言い切った。