「碧」
伊織さんに呼ばれた瞬間、ドキッと心臓が跳ねた。
何かを堪えたような、感情を押し殺した声。きっと彼の顔も強張ってる。
恐れていた瞬間が来た――。
震える手を見られないように努めながら、さりげなく伊織さんに顔を向ける。
「はい」
私が見た伊織さんは、目を見開いたまま眉にシワを寄せてる。やっぱり不審に思うよね……どう話そうか悩んでいると。彼の口から予想外の言葉が放たれた。
「いつの間に生んだ?」
「……は?」
今、何か耳を疑うような言葉が聞こえたけど。まさかそれを言ったのは。
「おれと碧の子どもだろう?」
「…………………」
いや……“どうだ、言い当ててやったぞ!”と言わんばかりの得意満面な笑顔で仰られましても。どこをどう突っ込んだらよいのやら。
「……伊織さん……鳥でも卵を産んだら2週間は暖めないと駄目なんですよ? 猫でも2ヶ月はかかります」
「そういうものなのか? そういえば、葛西の妻が初めて妊娠した時。報告してきてから出産まで半年以上掛かってたな」
伊織さんは心底不思議そうに首を捻ってましたけど。冗談半分でなく、本気でそう考えていたらしいと知って……流石は伊織さんと思ったのは内緒です。
「と、とにかく。人間の妊娠は約10ヶ月なんです。それだけ長い間何もないのにいきなり生まれたりしません。それに、こんな大きな赤ちゃんなんて普通に産めませんよ」