ああ、そういうことかとちょっとだけ解った。頼りにされないから怒ってるんだ。
でも、やっぱりそれは身勝手だと私は思う。ペットにかかりっきりで蔑ろにされれば、不満が出るのは普通じゃない?
仕事では細やかな気遣いが出来るだろうに。プライベートの伊織さんはとことん鈍い。思わずため息をつくと、手首に痛みが走るほど強く掴まれた。
「……そんなに、おれと居るのが嫌か?」
「え?」
「別れたくなるほど、嫌か」
なに、言ってるんですか? 何でいきなりそう飛躍するんでしょうか? ネガティブ過ぎますよ! というツッコミは、伊織さんの顔を見たらすぐに消え失せた。
だって……
眉を下げて悲しそうな瞳に、ギュッと引き結ばれた唇。どう見てもそれは捨てられた子犬のようで……
気のせいか、伊織さんに大型犬の姿が重なる。きゅ~んと項垂れて尻尾を下げた犬……。
ああ、そういえば以前ハウスキーパーの鈴木さんが言ってた。時折捨てられた子犬のような瞳をしてたって。
きっとこれがそう。
全体的にどんよりと影を背負い込んで、重苦しい空気に満ち溢れてる。
社長なのに。
アラサーのいい年した大人なのに。
だけど、きっと。伊織さんは私が離れるのを恐れるから、そうなっているんだよね?
(ホントに、仕方ないなあ)
私は心の中で苦笑いをすると、伊織さんの手に自分の手を重ねてポンポンと叩く。
「別れませんし、あなたと居るのは嫌じゃありません。ただ、金魚だけでなく……わ、わ……私も」
これを言うのは流石に恥ずかしい。震える声で、えいっ! と勇気を振り絞る。
「私も、伊織さんと一緒にいたいです! せっかくのお休みなら……一緒に過ごしたい」
口にしてから、頭から湯気が出るかと思うくらいに顔が火照った。