家に帰った僕は、すぐに部屋に籠った。

物を置くのがあまり好きではない僕の部屋はシンプルにまとめられていた。

隅に置かれたパイプベッドとオーディオラックの上に置かれたテレビとミニコンポ……大きなものはこれくらいだった。

タンス類は埋め込みのクローゼットの中だったから、部屋は本当に殺風景なものだった。

そして、7畳半と少し広めのスペースは、部屋を余計に殺風景に感じさせた。

電話回線は部屋に引いてもらっていた。


僕は殺風景な部屋の真ん中に座り、受話器を耳に当てた。

美貴の家の電話番号は覚えていた。

そんなに頻繁にかけているわけではなかったが、誰かに電話をかけるということがほとんどなかった僕にとっては、たまにでもかける一つの電話番号くらいはすぐに頭に入っていた。

路地での千鶴とのことがあって、貴久のことを美貴に話すことに少し抵抗があった。

千鶴に会い辛い気もしたし、たとえ美貴に誘ってもらったところで、彼女は来ない様な気もした。

そう考えると僕の手は自然と受話器を戻していた。


僕は千鶴の後姿を思い出していた。

そして今になって、追いかけることが出来なかった自分に後悔とやり場のない怒りが込み上げてきた。

それから自然と出てきた溜息みたいなものをひとつこぼした。

もう一度受話器を手に取り、耳に押し当てる。

どっちにしてもこれは貴久との約束なのだから、ここは美貴に話しをして千鶴を誘ってもらうしかない。

彼女が来るか来ないかはその後のことだし、それは彼女が決めることなのだ。




「……もしもし?」


『あ、もしもし……』


「智?私だよ……」


家にかける電話というのは、家族の誰が出るがわからないから初め緊張してしまう。

だから一応、時間の約束をしてあるのだが、それでも本人が出るという保証はない。