「何してるの?帰らないの?」


彼女が言ったその言葉がきっかけとなり、僕はやっと思っていたことを声にすることが出来た。


『天野さんだよね?こんなとこでどうしたの?』


だけど彼女の返事はなかった。


『今日の昼も焦って飛び出していったし……』


彼女は体を動かすどころか俯いたまま、顔を上げることすらなかった。


『眼帯……してたの見えたんだ』


何を言っても彼女の反応はない。


『何かあった?』


彼女はもたれていた壁から背中を離した。

僕と千鶴の距離がさらに縮まり、僕は半歩下がった。




「……っさいな……あなたには関係のないことでしょ!?私に構わないで!!」




僕に言葉を投げつけるように千鶴はそう言って僕の目を見た。

きつい言葉だったけど、僕にはそれが、彼女が僕に悲しみを堪えるための精一杯の言葉のように聞こえた。

なにより、彼女の目がそう言っていた。

でも僕には、その瞬間、この場にあったいい言葉を見つけられなかった。


さっと僕に背を向けた千鶴の後ろ姿は、駅とは反対側の方に歩いて行き、徐々に小さくなり、やがて消えていった――……。




彼女の悲しみに気付いていた僕は追いかけるべきだったのだろうか。

この時に追いかけていたら、この先の運命も少しは変わっていたのだろうか。

彼女はどこに行こうとしていたのだろう。




ーーーねぇ?

君はどこに行こうとしていたのかな。

君の背中は僕の影を待っていたのかな。


……ごめんね。

僕は未熟な大人で。

君の悲しみを受け止める自信も勇気もなかったんだ。