「智……、私ね、千鶴に黙っててって言われてたことがあったの」


僕は何も言わず、ジッとその続きの言葉を待った。

彼女は鼻をズズッズズッと鳴らして、涙をのみ込んだ。

息を整えて言う。


「千鶴ね……、もうすぐ田舎に帰ると思う」


『もうすぐ?』


「うん、もうすぐ……だけど、まだ間に合うと思うから」


『え?……さっき美貴さんのところに行く前に電話で話して……』


美貴は僕の言葉を聞いて、パッと顔を上げた。

その顔はもう涙でグシャグシャだった。


「それで……千鶴何て?」


『お母さんが入院することになったから……い、今から帰るって……』


美貴は大きく目を見開き、そこから涙をひと粒こぼした。

この瞬間まで、僕は千鶴との別れに何の戸惑いも、疑いも、迷いも、そして不安も感じていなかった。

ただ、僕は千鶴のあの言葉を信じていた。


”落ち着いたら、また電話するから”


だけど、僕は美貴のその涙を見て、ようやくことの重大さに気付いた。

そして今、自分が千鶴のそばに居ないことに、どうしようもなく不安になった。

僕の心臓が激しく音を鳴らし始めた。


それからずいぶんと長い間、僕たちは視線を繋いだままだった。

彼女の涙はみるみるうちにその目の縁に溜まり、やがて、さっきよりも大粒の涙をこぼした。




「それ……嘘よ」