寝返りかと、そのまま眠っていると、前髪を払うように彼の指が顔の輪郭をなぞった。
(えっ?…千春さん…起きてる?)
タイミングを逃して寝た振りをしていると、長い間千春さんは私の頭を撫でていた。
暫くすると千春さんは誰かに電話を掛け始めた。
「もしもし…泉です。…はい、会ってお話があります。………………分かりました。」
電話を切って暫く荒い息遣いの後、また電話を掛けた。
「もしもし、泉です。夜分にすいません。先生………俺…決めました。あの人と会います。本当は凄く恐怖を覚えます。でも、トラウマを乗り越えないと花枝とずっと一緒にいれないですから………こんな、汚れて汚い俺を彼女は必要としてくれる。彼女の為にも俺は強くならなきゃいけない。自分が逃げれないように、もう、会う約束もしました………はい。俺…逃げません。どんな無様でもあの人の前に立ちます。………はい、宜しくお願いします。はい………失礼します。」
大きな溜め息だけが静かな部屋に響いた。
千春さんの覚悟を目の当たりにして、私は涙が溢れてしょうがなかった。
こんなにも私を大事にしてくれる人はこの世の中に彼しかいないとさえ思えた。
ここまで勇気を振り絞るのはとても辛かっただろう。
今も逃げ出したくなるのを必死で堪えているのかも知れない。
私の為………。
全部、全部…私との未来の為に。
「花枝…泣いてるの?」
バレバレでも私は寝た振りを続ける。
「君の涙は俺を強くするんだ…………。」
千春さんは私の涙を拭うと、又、私を抱き締めて眠った。
ねぇ、千春さん…。
私はこの夜を、一生忘れないよ…………。