「確かに酷い匂いです。食欲も失せますね。」
「じゃあ、頼んだぞ。」
「はい。」
胃がムカムカしてどうしようもない。
館の使用人に案内して貰ってやっと、トイレに着いた。
館の中は本当に古い洋館の造りで、そこら中にアンティークの置物が置いてあった。
薄暗い廊下は気味が悪く迷いそうで、このまま外に出られない様な気分にさえなってくる。
「泉様。こちらで少しお休みになられませんか?お茶をお出しします。」
館の使用人らしき女性が部屋のドアを開けて待っていた。
「いえ…急いでますので。」
「吐き気止めによいハーブティーがございます。一杯飲むと楽になりますよ。薔薇の香りに酔ったお客様にいつもお入れしてますので。」
「そう…ですか。それじゃあ、頂きます。」
「少々お待ちください。」
比較的シンプルな部屋の装飾に少し安心して、使用人が来るまでの間ソファーの背もたれに寄りかかった。
(吐いて少しは楽になったけど、まだムカムカするな………。)
目を閉じて少し休む。
不思議なくらい薔薇の匂いがしない。
静かな館の中、音を立てると直ぐに聞こえる。
遠くから使用人の足音が聞こえた。
目を開けて、姿勢を正し、背後にあるドアに意識を集中した。
カチャリとドアが開いて入って来る音がする。
途端にあの薔薇の匂いが強くなった。
「うっ………。」
慌てて口元を押さえて振り返ると、そこには桑原夫人が立っていた。
先程は目も合わさなかったのに、今はじっと俺を見つめている。
ゾクッと背中に冷たいものが走った。
夫人はにっこり笑って俺に近づくと耳元で囁いた。
「久し振りね………千春くん。」
それは何度も夢で聞いたあの声だった。