コン…コン…
「失礼します。」
秘書の佐伯が澄まし顔で入ってきた。
予定外の入室は、大体が急なスケジュールの変更だ。
「ああ、どうした?何の変更だ?」
「はい。一件急なパーティーの招待がありまして…佐藤部長が行く予定でしたが体調を崩してしまって。招待客の中に交渉中のマルトモデパートの友川社長がいらっしゃいます。」
「…そうか。仕方無い…私が行こう。」
「それが得策かと思われます。」
佐伯が出ていった後、椅子にもたれて、一息つく。
つまらないパーティーばかりだが、これも仕事の延長だと思って仕方無く出席する。
あれから半年近く経っていた。
今でもあの日の事を思い出すだけで、ゾッとして罪悪感に苛まれた。
もし、打ち所が悪ければ花枝はどうなっていたか分からない。
一番大事にしたいと思う人を傍で守れないことが悔しかった。
あの後、何回か帰社する花枝を遠くから見守った。
俺の手は相変わらず震えてどうしようもない。
こんな身体で花枝に会ったって、醜態を晒すだけだ。
自分が恥ずかしくて、情けなかった。
あの日、実家へと戻った俺は父の書斎へ向かった。
幸い二人とも出掛けていたので、俺は独りで書斎にこもり、記憶を辿った。
何度も思い出そうと試みるが思い出せるのは、この部屋の匂いと入った時に感じた西日。
俺をなだめるような女性の声。
「何故俺は母さんから逃げようとしてたんだ…?あの時はどうしてあんなに怖がっていたんだ?」