それでも俺は、きみの元へ通い続けた。


いつかきみは、もう一度、振り向いてくれる。


そう信じていた。


いや、半端ヤケになっていたのかもしれない。


きみが好きになってくれると、信じないと、俺の中で、何かが壊れていく気がして。


「あら、こんにちはー」


随分この病院に通っているから、看護師さんに顔を覚えてもらった。


こうして、会ったら、挨拶をしてくれる。


「こんにちは」


返事を返して、病室に入ろうとしたら、中から人の声がした。


「私、恋人ほしいなぁ。高校のときの友だち、付き合ってもう6年経つんだって。ほんと、羨ましい」


「そのうちできるって。凛のこと、好きなやつ、いてると思うぞ?」


きみの恋愛相談に乗る相手。
それは、洸太さんの声だったから、思わず、病室に入るのをためらって、外から耳を澄ましてしまった。


あれからというもの、洸太さんは、時間があれば、きみのお見舞いに来ていた。


「そういう凛はさ、好きなやついないの?」


うわ、どストレート。


でも、その返事がちょっと気になってしまう俺も、性懲りない奴だよな。


病室の前で耳をそばだてている男というのは、実に気味の悪いものだろうけれど、幸い、廊下には誰もいない。


「いるよ?好きなひと」


「お、いるの?誰々?」


中が随分楽しそうなのが実に悔しい。


でも、想像できる。
きっときみは、今、頬を真っ赤に染めてるんだ。


俺に告白してきたときみたいに。


「こうたくん」


「え?」


「こうたくんが好きだよ?」


洸太さんがどストレートだというなら、きみも大した直球だよ。


なんて、感心したのは、ほんの最初の数秒間。


このよく音が響く廊下で、叫ばなかった自分を褒めてやりたい。


俺は固まった。


今、告白したんだよな?


きみは洸太さんが好きだと言ったよな?


苦笑した。
そうだよな。


俺は、きみにとっては、いつもお見舞いに来てくれる大学での友人にすぎないよな。


「ずっと、好きだったんだよ?こうたくんが初恋のひとだったんだから」


「……」


「私、再会できて、本当に嬉しかった」


きみの言葉に対する、洸太さんの反応はない。


それもそうだ。
洸太さんは知っている。


俺がきみを想い続け、もう一度振り向いてもらうために、きみの元に通い続けていることを。


だけど、鈍感なきみは、そのことに気づかない。


なんで、盗み聞きなんかしたんだ。
せめて、この会話が俺のいないときなら、どんなによかったか……。


「こうたくん……?」


きみの声がする。
きっときみは、不安いっぱいの表情で、洸太さんの次の言葉を待っているのだ。


瞼の裏に描けるよ。
きみの表情も。きみの仕草も。


それだけ、俺はきみのことでいっぱいだった。


いつも隣にいたのは、きみだったから。


「……ごめん。凛。俺はそんなつもりで来たんじゃないんだ」


「……こうたくん……」


洸太さんがベッド横に置かれたパイプ椅子から立ち上がる音がした。


「医学生として、患者にちゃんと接するための練習だっただけ。……期待させるようなことして、ごめん」


コツコツという早い足音はあっという間に、病室から出てきて、止まった。


後ろ手で病室のドアを閉めてうつむく、洸太さん。


その表情が今にも泣きそうに見えて。


「あ、あの……」


思わず声を掛けた。


顔を上げた洸太さんが、俺を瞳に捕らえる。


「聞いていたのか……」


洸太さんの噛み締めた唇。
先程、言い放った言葉が、嘘だと直感で思った。


「今なら凛を落とすチャンスだよ?」


洸太さんは、そう呟いて、身を翻した。


知ってる。
今ならきみは弱っている。


失恋に泣きそうになってる。


今、きみに優しく話しかければ、きっと簡単に落とせるだろう。


だけど……。


俺は、立ち去ろうとする洸太さんの腕を掴んだ。


驚いた洸太さんが振り返る。


「少し、お時間いいですか?ちゃんとあなたとお話したい」


気がつけば、俺はそんなことを口にしていた。