「ぐふぉお」
渾身の右ストレートが綺麗にヒットした頬が、赤く腫れ上がっていく。
「…あんたと二人で旅行とか……絶対ありえないから!!!!!」
早希の絶叫と、大和のうめき声が満ちた室内は軽い地獄絵図のようだ。
「散々期待させといてここで叩き落とすとか、あんたってほんっとサイテー!!本当に最低!絶対ありえない!!こんのぉおおおおお!!!!」
冷めやらない怒りを込めて大和に掴みかかる早希。
揉み合う二人の様子をしばらく眺めて、短くなった煙草を灰皿に押し付けると新しい一本を取り出して母がポツリと口を開く。
「そんなに二人で行くのが嫌なら、永田くんでも誘えばいいじゃない」
争う二人の間を静かな空気が煙草の匂いを伴って流れていく。
「…その手があったか!」
今までされるがままに殴られていた大和が、勢い込んで立ち上がるとそのままリビングを飛び出していく。
そのすぐあとに、玄関の扉を開閉する音が聞こえた。