『わしは八郎。八郎重時(はちろうしげとき)。お前の直系……ではないかもしれぬが、縁はある』

「縁がある程度の関係で帰って来られたら、こっちだって座布団が足りんわ!」

 容赦なく八郎と名乗った侍を蹴り倒す。
 つか、いかにも『じゃないほう』な体温の手でいつまでも掴まれているのは気持ち悪いんだよね。

 まぁ『じゃないほう』な八郎を、ここまで邪険に扱える自分にも、ある意味びっくりだけど。
 何か、この八郎の雰囲気にもよるのかな。
 そういえば、あんまり怖くない。

 イケメンだし。
 イケメンを足蹴にするって、そうそう出来ることじゃないしね。

『何とも乱暴な女子だの。こんな扱い、初めて受けたわ』

 畳に倒れ込んだまま、八郎が恨めしげに見上げる。
 そして、不意に口角を上げた。

『沙希よ。お主、わしが何か忘れておるのではないか? わしはあの世の住人ぞ。お前を連れて行くことなど、わけないのだぞ?』

 にやりと、凶悪な笑みを浮かべる。

 嘘っ……。
 怖くない、なんて思った私が馬鹿だった。
 何となく軽い雰囲気に騙されてたけど、こいつ、あっちの世界の人(というかモノ)だったんだ!

 青くなる私に向けて、八郎が手を伸ばす。
 その手は人より白くて、骨張ってて。

 爪が、尖っているように見えた。
 笑った口からは、牙が覗いてる。

 八郎の冷たい手が、私の首筋に触れた瞬間。
 私は気を失った。