葵ちゃんは私を見ると、少しだけ言いにくそうに、でもハッキリと、
「その、ありがとう。」
と言った。
クールで物事ハッキリ言いそうで、なのにいつもモジモジしている葵ちゃん。
今回もなんだかモジモジしていて、どうしてお礼言うのか察せない。
でも、どう聞くべきか分かんなくて、私は少し考えた後、
「ううん。
ところで静葉ちゃんの側いなくて大丈夫?」
と話を逸らした。
葵ちゃんは困った笑みを浮かべると、
「梨乃がついてるし…、」
と言葉を濁した。
梨乃ちゃんが側についてるから葵ちゃんはいなくてもいいなんて、静葉ちゃんは思わないだろうに、なぜ葵ちゃんがわざわざ逃げてきたのかが分からない。
私が首を傾げたのに葵ちゃんは気付き、悲しそうに微笑んだ。
「梨乃と静葉の仲に入り込めなくて、ちょっと逃げてきたんだ。」
葵ちゃんはえへへと笑って誤魔化すも、目が笑っていなくて、とても悲しそうだった。
そんな葵ちゃんを見て、私は少しだけ胸が痛んだ。
そっくりなのだ。
静葉ちゃんの思いと、葵ちゃんの置かれた立場と、私の去年の立場や思いが。
花梨と菜摘が仲良くて、私は2人に馴染めなくて、仕方がないから一線引いたところで2人を見守っていた。
そんな状況だった去年の私と今の葵ちゃんがそっくりで、なんだか去年の私を見ているような何とも言えない気持ちになってしまって。
「2人が別に葵ちゃんのこと邪魔だと言ったわけじゃないんだし、逃げてこなくたって良かったんじゃない?」
素直な意見をぶつけてみると、葵ちゃんは確かにという顔をして少し考え込んだ。
肌寒い風が玄関口から通り抜け、少し身震いした。
風のおかげで下を向いている葵ちゃんの、悲しそうな表情を伺うことができた。
そうして葵ちゃんは、でも…と言葉を続けた。
「梨乃が慰めてるのに、私も慰めるなんてウザくない?」
頬を人差し指で軽くかきながら、言いにくそうにそう言ってうつむいた。
悲しそうな蒼色の瞳がゆらりと揺れて、また1つ風が通り抜けた。
「そんなことないよ。」
そう言ったのは私ではなくこのはだった。
しっかりとした口調で葵ちゃんを見据えてそう言うと、このははギュッと拳を握る。
「静葉ちゃんは2人に慰められてウザいなんて思う子じゃないよ。
それは、葵ちゃんや梨乃ちゃんが1番分かってるんじゃない?」
このはは続けてそう言った。
そう言ってニコリと微笑んだこのはを見て、葵ちゃんは同じように微笑んで「そうだね」と呟いた。
「気持ちは分かるけど、自分が距離をあけた分相手にもあけられるからね。」
私はそう言い軽く微笑んだ。
なんだか自分に言ってる感じがして、薄い微笑みはいつの間にか苦笑いに変わる。
葵ちゃんはそんな私を見てニコッと笑うと、またありがとうと呟いた。
葵ちゃんはもう一度微笑むと、私達に手を振り背中を向けて去っていった。
「帰ろっか。」
このはのその言葉に頷いて、さっさと靴を履き替えて、歩き出すこのはを追い隣を歩く。
自然と繋がれた左手が、徐々に熱を帯びていく。
「中2にもなって、まさか友達と手を繋いで下校するなんて思わなかった。」
私がそう言い恥ずかしそうに目を背ければ、このはは意地悪な笑みを浮かべて、
「いいじゃん!」
と言ってそっと私の肩に頭を乗せてふふっと微笑んだ。
空がオレンジ色に染まりゆく中、2人並んで帰る。
いろんな話をしながら、手は繋いだまま、帰り道を並んで歩くのはなんだか照れくさくって、でも嬉しかった。
こうして誰かと手を繋いで帰るのはいつぶりだろうか。
なんだか、心地よかった。