「だから、そんなの…、」
「うるさい!」
静葉ちゃんは、話をしようとする私の言葉を遮る。
相当イラついているのかなんなのか、そのままこのはに殴りかかろうとする静葉ちゃん。
私はそんな静葉ちゃんの頬を反射的に叩いた。
このはの胸ぐらを掴みかけた静葉ちゃんの手がピタリと止まり、もう片方の手で頬を抑えた。
殴られるとは思ってなかったのか、まさか私が静葉ちゃんを殴るとは思ってなかったのか、静葉ちゃんも梨乃ちゃんも葵ちゃんもこのはも驚いて息を呑んだ。
つい反射的に殴ってしまったことに反省しながらも、
「おかしいってば。」
ハッキリとそう伝える。
「…痛い…。」
頬を抑えてそう呟く静葉ちゃんを見ると、悪いことしたなと気持ちが沈む。
けれど、弱気にはなれるはずなく、鋭い目つきで静葉ちゃんを見た。
「痛いでしょ?このはも痛かったはずだよ。
仲良ければ言わなくとも自分の気持ちを分かってほしいっていう、そういう気持ちは分かるよ?
でも、なんでも言わなきゃわかんないでしょ?」
私の言葉に静葉ちゃんは下を向いた。
そしてパッと顔をあげた静葉ちゃんの目が、涙で潤んでゆらりと揺れた。
「だって、話したら愚痴になっちゃうし、家族の悪口なんて引かれると思ったし。
私何か嫌われてるから、もし噂になったらって思ったら言えなくて…。」
悲しそうな声色でそう言う静葉ちゃんの瞳が揺れて、涙が零れ落ちた。
初めて聞いた静葉ちゃんの本音に、胸が痛む。
過去に何かあったからこそ感じる、悪口言って幻滅されるかもしれないという恐怖と、バラされるかもしれないという不安。
静葉ちゃんも何か経験して、簡単には人を信頼信用しなくなってた。
本当は、ただのわがまま女王じゃないのかもしれない。
私も去年のことを思い出して、下を向いた。
同じようなこと、あったんだ。
好きな人ができて、それでも花梨と菜摘には言わなかった。
いや、言えなかった。
バラされるかもしれない不安が襲って、かなり仲良くしてたはずなのに、信頼信用できなくて。
ああ、だから、2人は私と距離をおいて、私とは本物の友達になってくれなかったのかもしれない。
グッと拳を握りしめ、静葉ちゃんの本音を受け止める。
そして、
「本当に、このはがそんな人だと思ってた?
怖くて静葉ちゃんが逃げてただけじゃないの?
人に信用してもらうには、自分がまず相手を信頼できるようにならないと。
確かに話す相手は慎重に選ぶべきだけど、だからって慎重になりすぎたら、そのうち距離置かれちゃうよ。」
私自身に、言っているようだった。
話を終えた私は、すっと静葉ちゃんを見据えた。
下を向いて、落ち込んでいる様子の静葉ちゃんを見て、これ以上話すことはない気がして、荷物を持ってこのはに近寄る。
そうしてこのはの手を取ると、私はそっと教室を出た。
少し歩いてこのはの教室の前に来て振り返り、
「このはの荷物は?」
と小声で聞いた。
ことははもっと小さな声で、「下駄箱」と囁いた。
静まり返った廊下に、2つの足音が鳴り響く。
下駄箱まで来てこのはの荷物を取り靴を履き替えようとした時だった。
「美澄ちゃん。」
突如声をかけられ振り返った。
私達のいる少し先に、葵ちゃんが立っていた。
息を切らしてる様子から、走って追いかけて来たのだろう。