「茉莉っぺ、ここ、ここ!」

ノアールのアンティークなドアを開けると、BGMの静かなジャズの音をかき消すような、美由紀のハスキー・ボイスが飛んできた。

カウンターと三つのボックス席。

あまり広くない店内に視線を巡らせれば、三つあるボックス席の一番奥に陣取っている、美由紀が手を振っているのが見えた。

地味過ぎる、黒い上下のジャージ姿。

腰まである、緩くウエーブがかかった栗色の長い髪を無造作に束ねて、黒縁メガネを掛けた美由紀は、お化粧してドレスアップすれば、かなりのエキゾチック美人になる。

でも、勿体ないことに、嫌な虫が寄ってくるからと、普段はこういうオタッキーな格好をしていた。

見目の麗しさもさることながら、面倒見の良い姉御肌の飾らない性格が、同性にも異性にも好かれる要因だと思う。

私は、カウンターの中でグラスを磨いていた髭のマスターにペコリと頭を下げてアメリカン・コーヒーを注文し、美由紀の元へ向かった。