『残務整理が終わるまでは、少し忙しくなる。帰宅も遅くなるから、先に休みなさい』

父は、そう言い残して、戦場だろう会社に向かった。

食卓には、ほとんど口が付けられなかったコーヒーと、全然口が付けられなかった朝食のトーストとハムエッグが残された。

それを眺めつつ、特大のため息を一つはき出す。

はぁ……。

朝は必ず完食! な人の私も、さすがに今朝は箸が進まなかった。

大学のこと。

家のこと。

考えなきゃいけないことも、やらなきゃいけないことも山とあるのだ。

食欲なんか、わくはずがない。

だけど。

「こんなときこそ、食べなきゃ! だよね。亀子さん」

壁際のサイドボードの上に設置された九十センチ水槽の中で、訳知り顔の大きなミドリガメが、私の掛けた声に反応して『にょーん』と、首を伸ばした。